夢だった仕事でうつ病&休職したら朝日新聞に載るほど人生が変わった

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ナマステ!

珍しく今回は寄稿です!

教員という夢だった仕事に就いたのに、うつ休職。

でも休職していた4カ月で、一気に人生が激変。

「人生終わった。。」となるはずの休職期間を経て、朝日新聞に取材されるまでになった1人の女性の話です。

一体、彼女は休職期間にどんな過ごし方をしたのでしょうか?

仕事でつらい思いをしている人。

特にうつのような心の病で休職をしている人に読んでほしいです。

それでは、どうぞ。

目次

元休職教員レズビアンブロガー「さーちゃん」の自己紹介!

はじめまして!

元休職教員レズビアンブロガーの「さーちゃん」です。

(OUT IN JAPAN in 広島 撮影会にて)

なぜ「元休職教員」かというと、私は2017年10月~2018年1月末までの約4か月間を「適応障害・うつ状態」で休職をしていたからです。

 

じゃあ、今はというと、2018年2月~3月末まで職場復帰した後、退職しました。

これだけ聞くと、「仕事がしんどくなって辞めたのかな?」って思いますよね?

休職入りたての時はぶっちゃけ「しんどくて辞めちゃいたい」って思ってました。

でも、約4か月の休職期間で、私の人生が大転換したんです。

「自分らしく生きたい」 

この心の声に従っていくうちに、本当に「自分らしい人生」が目の前に開けてきたのです。

 

  

そうして「自分らしい人生」を歩めるようになった結果、私が立ち上げた団体が朝日新聞に取材されました。

(写真は相方の共同代表のあっきーです(*^^*))

半年前に「適応障害・うつ状態」の診断書をもらった私が、今ここで記事を書かせてもらって「自分の人生最高!!」なんて言うようになるなんて、想像もしていませんでした。

でも、そんな人生終了的な状態だった私が、なぜ「人生最高!」と言えるようになったのでしょうか?

今回は、休職期間中に私が起こした「3つの人生のターニングポイント」と「人生のターニングポイントを引き起こすコツ」を紹介していきます。

そもそもなぜ自分は「休職」に入ることになったのか?

まず初めに、なんで私は「休職」に入ったのかについて、休職時期・職場復帰時期を経た今の私の視点で分析してみます。

今振り返ってみて、休職に入る決め手になった1番の要因は、漠然とした「違和感」。

 

  

休職に入る直前の時期の私は、仕事とかプライベートとか関係なく、いつもいつも心のどこかに「もやっ」とした気持ちわる~い感覚がありました。

  • うまく言えないけど、なんか変。
  • 自分が自分じゃなくなっていくような気がする。
  • 本当に自分がやりたいことってこれだっけ…
  • このままじゃ、やばい…!

 

何をしていても、心がぎちぎちに強張っていて、「違和感」を感じまくっていました。

その時は、なんでだか本当によく分かんなかったのです。

でも、今は、

あんたが行きたい方向と全然違う方向に進んでるんだよ!!!はやく気づけよ!ボケ!!!!

って心が必死に教えてくれていたんだと分かります。

私は、とにかく「先生になる」ってことだけをゴールに頑張ってきました。

そんな私が「先生になる」というゴール地点に立ったら、そこは「ゴール」ではなく「スタート」だったわけで、毎日が怒涛のように過ぎていきました。

何がなんだか分からないぐらい必死に毎日の業務を行っている状態から、少しずつ慣れていくと、ある時からむくむくと自分の中から「想い」が出てきました。

  • もっと子どもたちの心と触れ合いたい。
  • 一人一人の想いをくみ取って、その可能性を引き出したい。
  • 子どもたちと「自分らしさ」を分かち合いたい

 

その反面、

  • ここはそんなことをする場所じゃない。
  • 周りに合わせなければいけない。
  • きちんと子どもたちを指導しなければ…

 

 

こんな風に、教育に対する自分の本音が明確になればなるほど、自分の中でそれを否定する声も聞こえてきて、どんどん「違和感」が大きくなっていきました。

この私の「違和感」の正体は「自分の本音と自分が自分に課している思い込みとのギャップ差」であり、それが「もやっ」という感情で自分の中に出てきたのです。

これがとんでもなくしんどかった。

またもう1つしんどかったのはこれ。

みんなと同じように生きていく」。

それが普通で、当たり前で、自分に求められていることなんだと思い込んでいました。

本当は、自分はレズビアンだし、自分はそういう道は歩めないって薄々気づいていたのですが、怖くてずっと無視してました。

  • 人と同じようにできない自分はダメ。
  • 上手くできない自分に価値はない。
  • 自分がここにいる意味はない。

 

 

こんな風に「周りと同じかそれ以上」という価値観からはみ出てしまう自分にダメ出ししていました。

  • これ以上周りの人に迷惑かけられない。
  • 自分でどうにかしなきゃ。
  • 周りの人だって頑張ってるんだから、自分も頑張んなきゃ!

 

ものすんごいしんどいのに、「周りの人には頼れない」って思い込んでいました。

こんな「思い込み」と「自分の本音」と「違和感」がごった返して頭がパンクし、ついに目を背けることができなくなった結果が、私の場合は「うつ」で「休職」なのだと思います。

さーちゃんの人生のターニングポイント①「両親に本音をぶつける」

(生まれて初めて母と二人旅をした京都での写真。ん~スーパー!)

ここからは、私の「人生のターニングポイント」について語っていきますが、まず最初の人生のターニングポイントは「両親に本音をぶつける」です。

休職に入ってから、25年間生きてきた中で、私は初めて両親に本音が言えました。

私には兄がいるのですが、兄には「発達障害」という障害があり、上手く療育を受けられないまま、現在も苦しんでいます。

私が物心ついた時には、すでに兄は「気になる子」で「手がかかる子」でした。

そんな兄の状態に両親は振り回されて、いつも疲れていました。

 

  • 自分にも構ってほしいけど、両親の負担にはなりたいくない。
  • 自分は「良い子」でいないと、両親が悲しむ。
  • 自分が少し我慢すればいい。自分が頑張れば両親は喜んでくれる。

 

 

子どもの頃の私はこんなことを考えて、両親に気を遣って「問題のない普通の娘」でいるように振舞っていました。

ちょっとでもいいから自分の方に関心が向いてくれることを願っていました。

いわゆるAD(アダルトチルドレン)傾向があったのだと思います。

少し話がそれますが、教員になって改めて子どもって全然子どもじゃないって思うんですよね。

ちゃんと大人と同じように、相手のことを考えて自分の振る舞いを決められるし、自分が傷ついても我慢して、大事な人を守ろうとすることができます。

上手に言葉にできなくても、自分なりに考えて行動してますし、たくさん傷ついています。

ただ、大人になったら、その時の自分が考えていたことや傷ついたことを忘れていっちゃう。

でも、心についた傷はたとえ自分がきっかけを忘れたとしても、何年経ってもずっと消えずに残っています。

私がそうだったように、きっとあなたにも、子どもの時に色々考えて我慢したこと、本当は傷ついたけど平気なふりをせざるを得なかったことがあると思います。

私の場合は両親に対して、

  • 本当はもっと一緒にいたかった。構って欲しかった。
  • 自分が悩んでいる時に気が付いて欲しかったし。助けて欲しかった。
  • すごく寂しかった。ずっと寂しかった。

そういう思いをぶつけることで、自分の傷と向き合いました。

幸いなことに、私の両親は私の本音を受け止めてくれましたし、泣きながら「ごめんね」と言って抱きしめてくれました。

この「両親との和解」「丸ごと受け止めてもらえた安心感」を得られたのは、私の人生の中でもめちゃくちゃデカいターニングポイントです。

自分の人生のルールに両親はどんな自分でも、大事に思ってくれているっていうルールが付け加わった感じ。

これだけで自分で自分にかけていた制限が外れて、心が軽くなりました。

この瞬間から、「ああ、もう自分は何やっても大丈夫だわ」って心底思えるようになりました。

さーちゃんの人生のターニングポイント②「ブログを本格的に始める」

2つ目の人生のターニングポイントは「ブログ」との出会いです。

私は、もともと本やネットから情報収集するのが大好きなタイプでした。

特にブログは、「違和感」に悩み始めたころから、「生き方」とか「自分らしさ」とかってワードをググって色んなブログを読み漁ってました。

読み漁るだけでは足りず、勢いでブログも作ったのですが、続くわけもなく放置プレイ(笑)

気が付いた時にはうつ状態で休職に入っていました。

そんな中、keiさんのこのブログとメルマガに出会いました。

初めて記事を読んだ時から、「なんかいいなあ。」、「こういう記事が読みたかった…!」、「自分もこの人みたいにどうにかなるかも…」という気持ちに。

メルマガも「どうにか今のこの状況を打破したい!!」って超必死な気持ちで登録。

そして休職中、どれだけしんどくてもkeiさんから送られてくるメルマガだけは、一生懸命向き合おうって決めて、真剣に取り組んでいきました。

そしたら、あら不思議。

すう~って自分のやりたいことが分かったし、なんで自分がしんどかったのかも腑に落ちました。

  • 自分はやっぱり「教育」がしたい!
  • 自分に正直に生きたい!嘘つきたくない!!
  • 本物の「みんな違ってみんないい」が実現する社会を作りたい!

なんかkeiさんの回し者って思われたら嫌なんですが、本当にkeiさんのメルマガはもやもや悩んでいる人は1度本気で取り組んで欲しいです。

そんな私の熱い想いはkeiさんに伝わり、なんとkeiさんから「ブログコンサル」の話をしていただき、ブログ運営の基礎を教えてもらえることになりました。

約3か月間、keiさんの個別コンサルを受けながら「ちりつも!」を運営していったのですが、これが超高速で人生を変えていく起爆剤に!!

自分の強みを分析するストレングスファインダーの上位気質に、私の場合、「収集心」・「学習欲」・「内省」の3つがあります。

要は「色んな事に興味をもって貪欲に学び、自分の考えをじっくり深めてまとめる」というのが私の強みなんです。(休職中に判明したのですが(笑))

実は、この私の強みが最大限に生かせるのが、「ブログ」だったんです!!

この図を見てもらうと分かると思うのですが、

何かを体験したり、考えたりする。

ブログにそこでの学びを書いて振り返り、アウトプットする。

 身も心もすっきり&さらなる好奇心が出て行動したくなる!

また何かを体験したり、考えたりする。

 

 

この「学びと行動力の無限ループ」に入るアイテムが、私にとっては「ブログ」でした。

幸いなことに、私にとって「書く」という行為自体が自分の考えをアウトプットするのにめっちゃくちゃマッチ。

記事を書いているうちに、「自分の体験や思ったこと、考えたことを文章や図にまとめることって、自分超好きじゃん!」って分かりました。

しかも、自分は休職中で思う存分ブログ作りができるだけの時間がありました。

好きなこと×有り余る時間=「一点集中でのめり込む爆発力」

 

  

「ブログ」を通じてこの「爆発力」を発揮できたことこそ、私の人生の大きなターニングポイントです。

うおーーーー!!!!!

もう、鬱ってる場合じゃない!!!!

 

ひたすら好奇心の向くままに行動し、会いたい人に会って話を聞き、ブログにアウトプットする。

それを4か月間、没頭して続けていたら、あっという間に、今まで見たこともない景色が見えるようになりました。

①憧れのブロガーさんに会う

憧れのブロガー「オクユイカ」さんに会いに大分へ行き、セクシュアリティや教育福祉について熱く語りました。

憧れのブロガー「オクユイカ」さんと大分で「本音」を語り明かしたよ。

②意気投合した仲間とセクシュアルマイノリティのための団体をつくる

自分と同じように、「自分のセクシュアリティについて悩んでいる子どもたちのために活動したい!」という仲間も見つかり、団体を立ち上げました。

これが朝日新聞にも載った団体で「ここいろhiroshima」って言います。

「ここいろhiroshima」は、「こころとからだもいろいろ。彩り豊かでええじゃん!」をモットーに、セクシュアルマイノリティ特有の「心と体」・「自分の性」について「生きづらさ」を感じている子どもたちとその保護者のためのサポート・コミュニティスペースを提供します。

モットーにある「こころとからだ・いろいろ・彩り」の頭文字をとって「ここいろ」です。

ここいろhiroshima始動!立ち上げから開催までの秘話をシェア!

③東南アジア1人旅で「大富豪アニキ」に突撃!

挙句の果てには、「東南アジアを一人でバックパッカーをする」というところまで、私の好奇心と行動力は広がりました。

(タイで本場ムエタイを習っている私。)

(カンボジアの小学校へ行って、子どもたちと遊んでいる私。)

挙句の果てに、「大富豪アニキの教え」という本で有名なアニキのところにも行きました!

(バリ島のアニキ宅に行って、アニキと一緒に大トカゲも観察しました。(笑))

本当に神様はバリにいる!バリのアニキとガチ面談した全貌をシェア!

他にも、芸能事務所オーディション、テレビ取材の話、彼女など盛り沢山!

他にも、

  • 芸能事務所のオーディションを受ける。
  • LGBT関連でテレビ取材の話がやってくる。
  • 突然「応援しています」というメッセージが来る。
  • 可愛い彼女ができる。

 

(かわいい彼女との写真!)

こんだけのことが、休職中のたった4か月の間に実際に自分の身に起こりました。

それもこれも全て、「ブログ」を通じて自分が行動していった先に待っていた出来事たちです。

今までの私は、なんて小さい枠の中に自分をはめようと、自分で自分を苦しめていたんだろう。

そんなことしなくても、現に、今までの私なら見ることも、知ることもできなかった世界が目の前にある。

しかも、楽しみながら、自分の大好きなことをしているのに。

本当に人生に対する考え方が180度変わりました。

私が病休を4か月で回復し、職場復帰できたのも「ブログ」との出会いがあったからだと思っています。

いや、それ以上に、自分が本当の意味で「自分らしい人生」を歩みだす第一歩が「ブログ」でした。

本当に、keiさんに感謝です。

ありがとうございます。

さーちゃんの人生のターニングポイント③「大々的に『カミングアウト』をする」

(写真家レスリー・キーさんと熱い握手を交わしました。)

私の人生において、「自分らしく生きる」ためには、切っても切れない重要事項が「セクシュアリティ」。

休職に入るまでの「違和感」ばりばりだった私。

その時代の私は、本当に信頼できる友人にしか「女の子が好きなこと」や「彼女がいること」は話せず。

家族はもちろん職場でも怖くて言えませんでした。

  • 自分は明らかに、人と違う。
  • 家族は自分のことをどう思いだろうか…
  • 先生たちや子どもたちに知られたら…

そんな風に「カミングアウト」することに対して、「恐怖」や「不安」が先立っていましたし、そもそも「知られてはいけないタブーなこと」って思っていました。

でも休職に入って、自分に素直に行動できるようになってからは、

  • 家族に受けとめてほしい。
  • 職場の人と本音で話をしたい。
  • 子どもたちにも「いろんな人がいるんだよ」って伝えたい。

 

カミングアウトしたい」という気持ちのほうが徐々に強くなっていました。

 

  1. 家族にカミングアウトする。
  2. ブログでセクシュアリティを公表する。
  3. 自分がセクシュアルマイノリティであることをカミングアウトするOUT IN JAPANというイベントに参加する。
  4. 職場の教員、クラスの子どもたちとその保護者にカミングアウトする。

OUT IN JAPANでカミングアウト

実際に、私はこの順番で(意図したわけではありませんが)カミングアウトしていきました。

1番怖かったのは、やはり「家族」。

自分が今までふたをして、見せないように隠していた部分。

そんな部分を、1番受け止めてほしいけど、1番受け止められないかもしれない相手に見せるってめっちゃ怖いです。

でも、「自分らしく生きる」ってことは「自分に嘘をつかない」ってこと。

自分が伝えたい!!って正直な気持ちを、両親から順番に、祖母、姉と話していきました。

結果は、

 

  • 「別にいいんじゃない?」
  • 「さーちゃんはさーちゃんでしょ。」
  • 「さーちゃんが幸せであることが1番大切だし、ずっと応援するよ。」

あまりにもあっさり受け止めてもらえて、拍子抜けしました。

  • 自分が気にしてるより、周りの人って気にしてないのかもしれない。
  • 自分が「自分らしくありたい」って願うことは、悪いことでも誰かにとがめられることでもないんだ。
  • もしかして、自分があまりにも重く考えすぎてた…??

今まで自分が感じていた「自意識」や「恐れ」って、誰かに言ってみないからいつまでも苦しかったし、怖かったんだって分かりました。

「カミングアウト」も言ってみれば「行動」の1つです。

頭でいくら考えても、やってみないといつまでたっても結果は分からない。

何より「カミングアウト」することで、自分がすごく楽になるって知ってしまった私。

相手がどう受け止めるかを考えたってそれは自分ではコントロールできないこと。

それなら「自分が楽な方」、「自分らしくあれる方」を選ぼうと思えるようになりました。

今では、初対面の人にでも「あ、私女の子が好きなんです~」とか「彼女がいるんです~」って会話の流れに合わせてさらっと言えるようにまでなりました。

ほんと、自分に正直なのって超楽だし、気持ちいいです!

 

もっと言えば、カミングアウトしたところで「あ、そうなの。彼女どんな子?」ってぐらい屁でもない話題の世の中になって欲しいのですが、それはもう少し先かなあとも思ってます。

自分のセクシュアリティを大々的にカミングアウトすることが、誰にとってもに100%いいことかって言ったら、そんなことはないとは思うのですが、少なくとも私にとっては、

  • 自分を大切にして、自分らしく生きるために。
  • 悩んでいる誰かにとっての「エール」に少しでもなるように。
  • 本物の「みんなちがって、みんないい」が実現されるように。

 

そんな想いをもってあっぴろげています(*^^*)

「人生のターニングポイント」を引き起こす3つのコツ

私が半年間体験してきた「人生のターニングポイント」の数々、いかがだったでしょうか。

これを読んだあなたは「自分の人生のターニングポイント」を掴みたくないですか??

「自分らしい人生」で最高に楽しく生きたくないですか??

ここからは、実際に私が半年間で「これこそ人生の最重要事項だわ!!」って実感した3つのコツを紹介します。

①自分の心の声に従おう!~自分に嘘をつくのをやめる~

第1に「自分の心の声」を聞くこと。

ここでつまづいている人が大勢いるように感じますし、私自身もそうでした。

  • 自分がしたいこと
  • 自分が叶えたい夢・願望
  • 自分が望んでいる未来やビジョン

 

これらは、どれだけ自分の頭を鍛えてIQを上げても、人に聞いても、ググっても、答えは出てきません。

私は、大学生~20代前半は、自己啓発本を読み漁り、セミナーを渡り歩く「セミナージプシー」でした。

いつも自分の外側にあるものから「自分らしさ」や「自分の生き方」を探しまくっていました。

今なら分かるのですが、外側に常に答えがあるって思考パターンって「学校教育」で暗にず~っと教えられてきたものなのです。

どんな時も「問題解決的」で「唯一の正しい答え」を求めてしまっていたから、苦しかったんだと思います。

自分の人生のコンパスは、自分の外にあるのではなく、みんな内側にすでにもっています。

  

ただ、それに気が付けるかどうか、つまり、気づくための「心のアンテナ」が立っているかどうかが、「自分らしく生きられるかどうか」の分かれ道です。

 

じゃあ、自分の心の声を聞けるように、どうやったら心のアンテナの感度を上げられるのか。

1番手っ取り早いのが、「自分に嘘をつくのをやめること

私は、これでもかってぐらい、自分に嘘をついていました。

本当はしたくもないことをやり続けました。

心の奥底では「欲しい!」って思っていても「自分には無理だ」って手も伸ばさず諦めました。

果てには「自分なんて嫌いだ」って自分のことを大嫌いになって動けなくなりました。

 

 

そこまで自分の本音に背き続けた結果が、「うつ」です。

 

もう、こんなの嫌だ。

 

 

私は「うつ」になって初めて自分の心の声に耳を傾けることができるようになりました。

嫌なものは、嫌って言う。

 

やりたくないことは、やらない。

 

 

自分の外側の雑音に惑わされず、自分の心に素直になって、嘘を本音に変えて、少しづつ行動してみてください。

大事なのは、理性じゃなくて、感性。

 

頭を使うんじゃなくて、心を動かして下さい。

きっとあなたの「心のアンテナ」は、あなたの心の声をキャッチするようになっていきますよ。

②とにかくまず行動してみよう!~知覚動考~

私の人生が爆速で変わっていった1番の要因は「短期間での異常な行動量」だと思います。

休職中の4か月のスケジュールを見直したんです。

そうしたら、1週間に平均して3~4日多い時は丸2週間、自分の行きたい場所、会いたい人、体験したいものの所へ自分が出向いていました。

つまり、4か月の半分、2か月間は、好奇心の赴くままに行動しまくっていました。

そんなこと、放課後に野山で駆けずり回って遊んでいた子どもの頃以来の感覚で、本当にわくわくが止まりませんでした!

 

さらに、外出していない時は、ほとんどがブログ次行きたい所のアポ取りやリサーチ。

ご飯と睡眠とトイレ・風呂を除けば、泳がないと死んじゃう魚状態でした。

 

 

自分も、短期間であそこまで夢中になって動きまくれるなんて思ってもいませんでした。

自分のためだけに大量の時間もお金も労力も使えたことは、マジで人生の財産です。

 

 

「知覚動考」

 

 

これなんて読むか、分かりますか?

この4つの漢字「ともかくうごこう」って読めるんです。

まず存在を知って、なんとなく感覚も掴めたら、「まずは行動。その後に考える。

これが、「行動するかどうか、先に考える。最後に行動。」って人が多いこと多いこと!

考えちゃうから動けなくなるんです。

頭ばっか使っちゃうから、心が鈍くなっちゃうんです。

考えるより先に動きましょう。

やるか、やらないか」でしか、人生は変わらないし、自分がやった行動量は決してあなたを裏切りませんよ。

③人とのご縁を大切にしよう!~シンクロニシティの重要性~

これは声を大にしていいたいのですが、この世って何でできてるかって言ったら、ずばり「」なんです。

金でも、物でも、仮想通貨でも、SNSのフォロワー数でもなく、紛れもなく「人」です。

  

もっと言えば、「人と人のつながり」から生まれる「感情」や「思い出」で、この世界は成り立ってます。

 

 

それをまとめて「ご縁」というのだと、私は思ってます。

私は、この半年で今までの自分では考えられないような人たちと「ご縁」を結びました。

しかも、そのご縁は自分が「結ぼう!!」って意図した時よりも、「ふとした拍子に」とか「なんだか気になる」とか「偶然同じ場にいた」。

そんな、その場のノリとフィーリングで結ばれた人のほうが、自分の人生の流れを変えるキーパーソンの確立が高いです。

 

 

「ご縁」も頭で考えて、計算して、自分が「人とつながる」ことばっかり考えていたら、自分も人に「人脈形成の1部」として見られてしまいます。

そうではなく、損得勘定抜きにして心の向くままに人と接する、そして「人と人をつなげる」橋渡し役になる。

そういう人のところには、ご縁がまた新しいご縁を運んできて、どんどん自分の世界が広がっていきます。

自分らしく生きたい人は誰でも自分らしく生きられるよ

(友人宅のDIYを手伝ってペンキ屋さんになっている最新の私です(笑))

今回の記事は、私が「適応障害・うつ状態」で休職に入ってから「最高の人生」を歩むまでの「3つの人生のターニングポイント」と「人生のターニングポイントを引き起こすコツ」を紹介していきましたが、いかがだったでしょうか。

keiさんから寄稿のお話をいただいたときは、本当に驚きました。

うつだった自分が、休職していた自分が、人様のブログに記事を載せてもらえるなんて…

という「素直な感動」が半分。

でも、ぶっちゃけそんなに動揺してないし、むしろノリノリで書いてるじゃん…

という「自分の中の『当たり前の基準』の変化」を感じたのが半分。

そう、うつだった私は、気付けばこんなにも自信をもって自分の人生を語れるまでに変化していました。

  

これを「さーちゃんだからできたんだ」って思う人がいるかもしれません。

どうせ、私には無理だ」って。

でも、最後にこれだけは言わせて下さい。

「自分らしく生きたい」と願っている人は、誰だって「自分らしく生きていく」ことができます。

私が特別だからじゃない。

私だからできたことじゃない。

誰だって「自分の心の声を聞く姿勢」と「それに従って行動する勇気」さえあれば、「人生のターニングポイント」も「最高に自分らしい人生」も、向こうからやって来ます。

私がそうだったように、あなたにも、きっと「最高に自分らしい人生」を歩みだす日が来ます。

あなたなら絶対大丈夫。

自分の人生の波に乗って、見たこともない景色を見に行きましょう。

あなたが選んで乗れば、どの人生の波だって「最高に自分らしい」はず。

準備はいらない。

 

必要なのは「乗るかか乗らないかの決断」だけ。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)

ぜひ、ブログ「ちりつも」に遊びにきてください!!

「ちりつも」を見てみる

Facebookいいね!とメルマガ登録もしてもらえたら、日本全国どこでもハグしに行きます!!!(これ、ガチよ!!)

最後に、keiさん。

本当にkeiさんと出会って、ブログと出会って、本当に人生変わりました。

ブログ続けたら、さーちゃんがやりたいこと、これ全部叶いますからね!」って言って下さったあの日から、着実にやりたいことが現実になってきました。

本当にありがとうございます。

 

これからもよろしくお願いします!!!

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川喜田敬はこんな人です

1988年生まれ。鎌倉市出身。
「やりたいことがわからない」を解決し、
世界に1人しかいない「自分」を仕事にする専門家であり、ライフコーチ。

やりたいことだった途上国でのボランティアのために、
3年で大企業を退職し、電気なし・水なし・ガスなしだったネパールへ。

現在は独立し、
日本&ネパールの2拠点生活を経て、
妻と娘と3人で大好きな沖縄へ移住。

2017年に独立後、コーチング技術を活かして3000万円以上稼ぐ。
その経験を活かし、コーチングを仕事にしていきたい方向けに、
コーチのコーチとしても活動している。

将来、おうちサウナをつくりたいサウナーです

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