世界で1番幸福な国に住む旅幸家!永崎裕麻さんに「幸せ」の本質を教わったよ

★今月の一押し記事!

ナマステ!

超不定期で行なっているインタビュー企画!

今回は世界で一番幸せな国であるフィジーに住む、旅幸家の永崎裕麻さんにお話を聞いてきました。

 

内容の一部をチラ見せするとこんな感じです。

・リスクを恐れずに一歩を踏み出せるようになる方法

・世界一幸福な国、フィジーで学んだ「幸せ」の公式

・お金の不安の上手な消し方

・日本にいると自己肯定感や自信がなくなるのは当たり前な理由

 

もはやお金を払って講演会をやってもらいたいくらいの内容満載!

ものすごいインタビューになりましたので、ぜひ読んでみてください。

 

 世界一幸せな国で暮らす旅幸家!永崎裕麻さんのプロフィール

永崎裕麻さん

「旅・教育・自由・幸せ」を人生のキーワードとして生きる旅幸家。

2年2カ月間の世界一周後、世界幸福度ランキング1位(2011/2014/2016)のフィジー共和国へ2007年から移住し、現在11年目。

100カ国を旅した経験を活かし、内閣府国際交流事業「世界青年の船」「東南アジア青年の船」に日本ナショナル・リーダー(2017)や教育ファシリテーター(2013)として参加、教育企画の立案、スカイプ・コーチング、旅ライターとして執筆、などの活動もしており、フィジーと日本を行き来するデュアル・ライフを実践中。

関心が強い分野は「留学」「海外就職」「海外移住」「難民支援」。
1977年、大阪府生まれ。神戸大学経営学部卒業。一児の父。

著書に「世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論」(いろは出版)

引用:ライフハッカー掲載のプロフィール

 

Kei
裕麻さん、今日はよろしくお願いします!
裕麻さん
よろしくお願いします!
敬語だと話しにくいので、タメ口で話をさせてもらいますね!

 

 リスクを「避ける」ために会社を辞めて世界一周へ

Kei
裕麻さんはもともとサラリーマンとして日本で働いていたんですよね。
それがサラリーマン3年目に会社を辞めて、いきなり世界一周に行かれたわけですが、会社を辞めることに不安やリスクは感じなかったんですか?
裕麻さん
たくさんの人が不安やリスクの話をしてなかなか前に進めないと思うんだけど、そもそも不安とかリスクとかの定義が曖昧だから前に踏み出せないと思っている。

僕自身の定義だと、リスクって何かっていうと、死ぬまでにやりたいことをやれずに死んでしまうのがリスク。
そう考えたときに早くやらないと、死ぬリスクは日々日々高まる。
どちらかというとリスクって何かというとやらないこと。
そういう意味では、早くやらないとやばい。そっちの不安の方があったよね。

だからリスクの定義を変えてみる。
僕はリスクを避けるために世界一周にしたと思っている。
「本当は何を恐れているの?」っていう話だよね。

Kei
めちゃくちゃ共感します。やらないことの方がリスクですよね。
裕麻さん
何がリスクなのか冷静に考えるといいかもね。
日本だってリスクがあって怖いし、僕は日本に帰るのが怖い。
すごいリスクがある。

フィジーの方がひったくりやスリの軽犯罪のリスクはあるけど、日本の場合は、北朝鮮のリスク、原発、地震、火山のような自然災害のリスクがある。
こういうのって、「死ぬリスク」じゃん。

そういうリスクはフィジーは少ない。
最悪死ななければいいじゃんと考えれば、総合的に見たらフィジーの方が治安は良いと思うよ。

 

Kei
確かにリスクの重みが全然違いますよね。
そう考えると、会社を辞めることへの怖さもなくなりそうですね。
裕麻さん
怖さもほとんどなかったね。
さっきのリスクの定義を持っていたのが大きいかな。

もともとITは苦手。
それでパソコン教室に通おうと思ってたけど、お金を払うのは馬鹿らしい。
仕事としてやれば教えてもらえるし、お金ももらえるからシステムエンジニアになっただけだしね。

苦手なものって、頑張れど、頑張れどなかなかうまくならない。
得意なことをやらないと努力が報われず、結果が出ないからつまらないというサイクルになる。

得意なことをやっていたら、サボっていても結果が出るから「楽しい!」っていう感じになってくる。
だからITでずっとやっていこうっていう発想はそもそもなかったよ。
その時から、「パソコン教室」だと思って仕事をスタートしていたのもあったから不安は全くなかった。

 

Kei
面白い仕事の選び方ですね!
その仕事を辞めて、世界一周に行かれたわけですけど、もともと世界一周は長年の夢だったんですか?
裕麻さん
「宝くじで1億円が当たったら何をする?」っていう質問ってよくあるじゃん。
その1番ベタな答えが世界一周だと思う。

僕自身が強烈に世界一周をしたかったわけではなくて、本当に普通の人と同じレベル。
「ああ~1億円あったら世界一周したいな」っていうそのレベルです。

僕はもともとやりたいことが少ない人間。
他にやりたいことの対抗馬がない以上、さっきの「死ぬまでにやりたいことがやれないのが最大のリスク」であるのと掛け合わせると、もう世界一周に行くしかない。
もうそれしかないんだから。

他にやりたいことがあるなら、その中で優先順位づけみたいなのをやって、どれに資金をどうあてるかという話も出てきて、ややこしくなるんだろうけど。
僕の場合、かすかな「世界一周ちょっとやりたいな」っていう目標があって、「それをやらずに死ぬときっと後悔するんだろうな」という非常にシンプルな作りだった。

 

Kei
「ちょっと世界一周して来ようかな」で行っちゃったわけですよね。
すごいですね!
裕麻さん
他にないからね(笑)
何かやりたいことに困ってる人だった。
そういう人って今は多いんじゃないかな。
「特にやりたいこともないです」って人たちは、かすかにある1つをものすごく大事に育てていくっていうことをやるといいなと思う。
何か強烈にやりたいことだからこそ、やる価値があるってことでもないしね。
Kei
確かに気持ちの大小はあっても、どんな人にでもやりたいことって必ずありますからね。

裕麻さん
もう1つ世界一周をした理由があるとすれば、父親像かな。
自分はいつか父親になるっていうイメージがあって、子ども視点でどんな親父がいいのかなっていうのは思っていた。
世界一周をしている親父がいいのか、サラリーマンを永遠とやっている親父の方がいいのか。
それを考えたときに、世界一周をしている親父の方がいいだろうなと息子視点で思った。
だったら世界一周に行くかっていう発想もあった。

「教師と生徒」の関係と「親と子」の関係って、学校教育、家庭教育の違いはあれど近いものがある。

学校に通っていたから、自分が生徒の立場に立ったことがあるわけで。
じゃあ自分が学生だった時に、どんな教師から習いたかったのかっていうのを考えてみた。

例えば2人の教師がいます。
Aという教師は数学を40年間教えています。
Bという教師は数学を39年間教えていて1年間世界一周をしていました。
どっちから教わりたいのかっていうの考えたときにおそらくB。

Cという教師は、38年間数学を教えていて1年間世界一周、1年間ニートをやっていました。
どっちから教わりたいのかを考えたらC。
そうやって考えていくと、Zという教師は数学を1年しか教えてないかもしれないけど、めちゃくちゃ多様な経験をしているわけで。
そういう人からも自分なら教わりたいなって思った。

そう考えたときに自分はZみたいな生き方を目指した方がいいかなと思った。
子育てにおいても、社会への価値提供においてもね。

 

Kei
実際、今はお子さんが生まれてお父さんになったわけですけど、その決断って間違ってなかったですか?
裕麻さん
日本でサラリーマンのままだったら、子どもたちに提供できる知識の幅が全然違っていただろうなと思う。
サラリーマンをやっていたら、それはそれで面白いサラリーマンになっていたかもしれないけど。
あんまりそことの比較はしないけど、今の方が良かったなとは思うかな。

僕は「変人」の方に寄せていきたい。
ポートランドというアメリカの街があるんだけど、そこのスローガンみたいなのが「Keep Portland Weird」っていう言葉。
「ポートランドを風変わりなままにせよ」っていう意味で。

それは、個人でも当てはまる話で「Keep Myself Weird」だと僕自身、価値を出し続けられるから、結果的に我が子にも面白い価値観を提供できるんじゃないかなと思う。

 

フィジーに行ったことないのに、フィジー移住を決めたワケ

Kei
そのフレーズ、面白いですね!
また話を世界一周に戻しますが、結局2年2ヶ月で約80か国に行ったんですよね。
その時にフィジーに行って移住を決めたわけですか?
裕麻さん
実はフィジーには行ってないのよ。
世界一周の直後に、内閣府の「世界青年の船」っていう事業に参加して、そこでフィジー人たちに出会ったのがきっかけな。

土地よりも人が先。
フィジーの人に会って「ああ~この人たち、自分が持ってないものをたくさん持っている、一緒に過ごせば自分の価値観を完全にスクラップできるな」って思った。

だから、土地に対して魅力を感じたというよりは、人に対して魅力を感じたかな。

 

Kei
すごいですね!
思い切ってフィジーに行っちゃったわけですね。
裕麻さん
「思い切った」って感じではないかな。
世界一周して普通のサラリーマンに戻るということがつまらなく思えた。
そうでない選択肢を探す方が重要だった。

もともと世界一周の旅をしている時から、「住めそうな場所がないかな」って探してたんだけど、結局見つからなかった。
それで、元に戻りそうな現実が見えてきた。

だから「ああ~これだ」という感じが強かったかもしれない。
むしろ「ああ~これだ」に寄せていたかもしれない。
「また何か変わったことやってるな~」っていう自分自身が遠ざかるのが嫌だったんだよね。

それで「世界青年の船」から帰ってきて、フィジーでの仕事を探して、3ヶ月後にはフィジーに飛んでいたかな。

Kei
すごいスピード感!
住んだことないのに、いきなり仕事をするのは怖くなかったですか?
裕麻さん
旅っていうステップが大きな自信になった。
遊牧民から定住民になれるからどちらかと言うと楽。
しかもお金も入るわけで動かなくていいわ、お金はもらえるわで得なことしかない。
旅ってしんどい。凄い楽だなって思っていたから不安はなかった。

しかもステージが変わる。
旅人ってどちらかというと罪悪感を覚えることもある。
罪悪感を覚えなくても良いということも加わると、逆に不安は消えると思った。

 

Kei
ネパールに移住した人を何人も知っていますが、1度もネパールに来ずに移住を決めた人は知らなかったので驚きでした!
フィジーに着いて、フィジーという国の印象はどうでした?
裕麻さん
最初の印象は安全だなと思った。
普通、途上国を旅してる時は、後ろを気にしながら歩かなきゃいけないけど、それをしなくていい国なんだなと強く思ったのを覚えてるね。
他の途上国はただ歩いているだけでも、精神的にストレスがかかる。
だから結構疲れるなって旅中に思っていたから、フィジーではそこまで身構える必要はなくて楽だなと思った。

 

Kei
それは気を張らなくていいので、ストレスが少なくていいですね。
フィジーでのお仕事は、お金の面では不安を感じなかったですか?
裕麻さん
現地採用だから、日本で得られる給料の総量よりも安かった。
でもそれを自分で楽観的に捉えるためにやってたのかわからないけど、いろんなものの価値を数値化していた。

例えばフィジーは常夏。
僕は冬が嫌いなんだけど、フィジーならずっとTシャツで短パンでサンダルでいられる。
これの価値ってお金に直せば、年収200万だなとか。
あと、全然知らない人と挨拶をする「ブラ」っていう文化があるのよ。
これは気持ちよくて、1回あたり500円だなとか考えたら、全然日本の年収を超えてくる。

自分が日本社会のレールを歩いているのとは全然違う道を歩んでいる優越感もあったし、常夏であるという価値を金額に換算したら年収の面でも上回る。
そういうことを考えると、非常にお得だなと思って過ごしていた。

 

Kei
面白いですね!
「仕事のお給料=今の生活の価値」だとなんか違和感ありますもんね。
裕麻さん
だからお金以外の価値をいかに感じられるかっていうのが、お金に対する不安を消すという意味でも鍵になるのかもしれない。

どうしてもお金と言う1つの尺度で考えると、「お金がない」ということは不安につながるから。
人脈とかつながりとか、そういった価値あるものをお金に置き換えてみても良いのかもしれないね。
数値化されていないと、結局数値化されているお金だけに束縛されちゃう。

 

世界で1番幸せな国で考える「幸せ」の定義の話

Kei
世界No.1の幸せの国、フィジーに住んでいる裕麻さんに「幸せ」についてお聞きしたいです。
ずばり「幸せ」って何なんですかね?
裕麻さん
感謝だと思います。
方程式でいうと「幸せ=感謝」。
「ありがとう」の反対って知ってる?
Kei
「ごめんなさい」ですか?
裕麻さん
「ありがとう」の反対は「当たり前」。

「有ることが難しい」と書いて「有り難い」。
だからあることが当然で「当たり前」。

「当たり前」という気持ちは感謝の間逆だし、幸せの間逆だと思う。
だから多くの物事に対して、それを当たり前だと取るのか、ありがとうと取るのかで幸福感は変わってくると思う。

例えば、誕生日プレゼントをもらう時に、当たり前と思ってプレゼントをもらうのか、覚えててくれてありがとうって思うのかで全然違う。
「当たり前」の量を減らすと、必然的に「ありがとう」の量が増える。
「当たり前」だと思わないということが非常に重要だと思っているよ。

フィジー人は「当たり前」に対して感謝するのが上手。
日本人は「当たり前」を「当たり前」だと思いがちなんじゃないかな。

例えばこの前、某新聞社の人とフィジアンの幸せについて取材があったんだけど、「何が幸せですか?」って記者が聞いた時に「挨拶」って現地の人は言うわけ。

「挨拶」なんていうのは我々からすると当然のこと。
でも、そんな「挨拶」ができるっていうことにありがたいなと思える。
それって幸せな民族だと思う。

「当たり前」っていうものは、「慣れ」から発生する。
いつも起き続けていることに対して「ありがとう、ありがとう」と思い続けるのは難しい。
だから慣れない生活をやっていると「当たり前」だと思わない。

そういう意味では、日常と非日常が交互に訪れるライフスタイルを構築すれば、常時幸せだよね。
日常に対してもありがたいと思えるし、非日常に対してもありがたいと思える。

Kei
確かにネパールでも、停電が「当たり前」だったので、電気が来るとめちゃくちゃありがたいと思ってました。
裕麻さん
停電とか断水はたまに起きた方が良いのよ。
ムスリムの人たちが年に1回断食をするのと同じで、そういう構造を日常の中に組み込まないと、「当たり前アンテナ」がピコピコ動いてしまう。
ちなみに「幸せ=A×B」だとしたら何をいれますか?
Kei
「家族×自分がやりたいことをやれてるか」ですかね?
裕麻さん
一般的には、そんな風にプラスのものを2つ入れるんだけど面白い回答があって。
それは「幸せ=喜び×辛さ」であると。

プラスとマイナスを組み合わせることによって、幸せを人工的に作る。
例えば、「エベレストを登ります」ってなったときに、どこでもドアで山頂まで登っても、上に登った時にハッピーかというとそんなことはないはず。
辛さが抜けすぎていて幸せじゃない。
やっぱりガリガリトレーニングして、上に登った時に幸福感が高まるってことを考えるとその差なんだよね。

それって日常生活の中でも、人工的に作れる。
不便さを生活の中に取り込めば幸福感は得やすい。
そういう構造なんじゃない、幸せは。

Kei
それは考えたこともない発想でした。
裕麻さん
慣れちゃうと当たり前化するからね。
当たり前化すると、感謝が生まれないから幸福を感じられない。

フィジーの場合、僕は本には一切書かなかったんだけれども、実態的にはフィジーの幸福感を支えているのは僕は宗教だと思っています。
実際の生活体験者からいうと、飯食う前にお祈りしましょうとか、毎週日曜日は教会行って1週間の生活を振り返って懺悔したりとかするわけで。
そういう仕組みをうまく入れ込むことによって、「当たり前」じゃなくて目の前にある食事に感謝したりできる。

日本人なんて習慣で「いただきます」って言ってるだけ。ただの口癖。
それだと感謝が生まれなくて「当たり前」のことを「当たり前」にルーチン化しているだけ。
一個一個立ち止まって、当たり前じゃないって思えるような仕組みを宗教は入れやすい。
だから宗教はやったほうがいいよっていう結論(笑)

Kei
ネパールもみんな宗教に熱心ですね。
宗教ってやっぱり大きな役割を果たしていますよね。
裕麻さん
そうだね。
証明されている科学しか信じられないっていうのは、どちらかと言うと、ものすごく見方の幅が狭くなってしまう。
証明できないことは多い。

目に見えないもの、それこそつながりとかっていうものに価値があると思うためには、目に見えないものがあるということを信じることが重要。

それは、宗教で良いトレーニングができるわけだよね。
神様みたいなもの信じるわけだからね。
見えないものを完全に信じちゃってるわけじゃん。

そういう力が必要なんじゃないのって思う。

 

Kei
裕麻さんは、フィジーでの生活が11年目になると思うんですけど、「慣れ」が「当たり前」をつくるという意味では、フィジーでの生活に慣れないようにするためにしていることってありますか?
裕麻さん
年に最低4ヶ月はフィジーにいないようにはしてるかな。
今年も5月から9月まで日本に帰るから、丸4ヶ月フィジーにいない。

去年であれば、「世界青年の船」にスタッフとして参加したり、オーストラリアやアジアを旅行してたから、フィジーにはその間はいなかった。
大体、1年の3分の1から半分くらいはフィジーにいない。

他の場所で得た刺激をヒントに、またフィジーで別の挑戦や新しいことをやるエネルギーにつなげて、飽きたらまた外に出てっていう循環だよね。
だからまあ飽きてないっちゃあ、全然飽きてない。

Kei
なるほど~。
そこも意識的に作っているってことですよね?
裕麻さん
そこはかなり意識的に作っているね。
っていうのもやっぱりフィジーにずっと居るのはきついなとは思うから。
刺激が薄いんだよね。
刺激が薄いから、茹で蛙にならないように、別の世界を結構見るようにしている。

ただね、どっちをベースにしたらいいのかというと、日本にいるのはやっぱり疲れるわけ。
ただ歩いてるだけでも、情報がすごい入ってくる。

例えば山手線とか乗ってても、電車のつり革のところにいろんな広告があるし、テレビがついてて、クイズとか出されるじゃん。
すごいわけ、情報が。
目を開けているだけで頭が勝手に回転させられている。

それがフィジーだと、広告もほとんどないし、別にボケ~ッとできるわけ。
だからやっぱり心身ともに健康っていう部分をベースにするのであれば、フィジーをベースにする。
そんで、時折刺激を得て、生活をマンネリ化させない変化を作っていく。

そっちのほうがいいのかなって思っていて、1年のうち、2分の1を超えて日本にいるとか、(フィジー以外の)海外に出てるっていうことは基本ないかな。

Kei
すごいわかります。
日本に帰って来ると、広告だらけでびっくりします。
裕麻さん
日本の広告って、要するに「あなたは足りませんよ」っていうメッセージを出している。
例えば、英会話スクールの広告なら「あなたは語学できないでしょう、じゃあ語学やんなきゃだめですよー」とかね。

「足りないものはこれですよ」っていうのをメッセージとして強烈に出してくる。
マーケティングもめちゃくちゃうまい。
だから「自分は足りないんだ、自分に足りないものがあるんだ」っていうことを一生考えさせられる。

僕は「自分に何が足りないんだろうか」っていうより「自分は今で充分だな」って思わせてくれるようなところをベースにしたいかな。

もう少し若い時であれば足りない部分を考えてくれて、そこを埋めていこうでもいいんだけど。
でも、僕は40だから自己肯定をベースにし、そこのベースがある程度きっちり担保された上で、足りないものをいってもらう順番の方がいいかな。
自信なくなっちゃうじゃん(笑)

Kei
確かに「ダメ出し」がすごいですもんね。
裕麻さん
ダメ出しがすごい。
だから人と比較して「自分が勝ってるんだ・劣っているんだ」というアンテナが、すごい敏感になっちゃう社会かなとは思う。

こっち(フィジー)だとさ、何か足りないものがあるっていうよりは普通に楽しく生きているよね。
何か比較優位論みたいなのが、別にはびこってないから楽っちゃ楽だよね。

 

「子育て」と「働き盛り」の時期が重なるのはもったいない

Kei
広告の話が出てきたので、仕事・ビジネスの話をしたいんですけど、裕麻さんは、今どんな仕事をしてるんですか?
それまで勤められていた、語学学校はやめられたんですよね?
裕麻さん
そうそう。つい最近、退職してね。
なので、仕事は今はほとんどやってないね。

仕事は10年間、語学学校の会社でやってきましたと。
なので、変化をつけるっていう意味で、今は「仕事をしない」っていうことをしているかな。
子どもが今3歳で、第二子もこれから誕生するのもあって。

子育てしてる時期と働き盛りの時期がバッティングするじゃん。
「それ、おかしいな」って思ってて、「もったいないな」と思ってるわけ。

僕のように趣味が少ない人からすると、子育てなんてめちゃくちゃ面白い。
にもかかわらず仕事で忙しいと、せっかく生まれたそういう趣味や面白いことができない。

あと子育てって投資だとしたらすごくリターンが大きい。
子どもの3歳から5歳までの教育もすごく重要だし。
それをやるべき時に、働き盛りで時間がないっていうのは大きな人生の矛盾だと思ってる。

だったら別に仕事を辞めて、その時間を創出する方が合理的なんじゃないかっていう発想が1つあるよね。
だから今はなるべく育児にフォーカスするっていうことを優先させるために、時間持ちになろうっていうことを選択したってことかな。

Kei
確かにガッツリ働いていたら、子育てなんてできないですよね。
裕麻さん
よく日本でさ、「最近子どもの寝顔しか見てないよ」みたいな。
そういうのってよくあるじゃん。
そこからの回避かな。

仕事って、僕の場合は海外サラリーマンだった。
自分で独立してやっていたわけでもない。
非常に融通の利く会社に所属していたっていうだけ。

ただ融通が利く会社ではあったんだけど、とはいえ、働いている時にはきっちり9時~18時で拘束されている。
だからそこがちょっと今のこの時期、非常に子育てが楽しくて、かつ奥さんのサポートになるこの時期に拘束されるのは嫌だなと。

ということで今は自由にやっている。
でも全く仕事をしていないわけではなくて、お願いされることは多いからその仕事をやっているかな。
ただ、自分の中でその仕事が「お金になる・ならない」っていう意識があまりないから、「仕事してる・してない」の意識があんまりない。

Kei
「 お金が出るから仕事」「お金が出ないものは仕事じゃない」ってのもなんかおかしいですしね。
裕麻さん
僕の中で、「仕事」っていう言葉はあまり意味を持っていなくて、全部趣味だと思っている。

例えばテニス、コーチング、将棋、投資っていう趣味があるけど、その中でお金が入ってくる・入ってこない、長期的に考えれば何か仕事の依頼があるとか、結果としていろんな分類ができる。
でも、僕個人の中では全部趣味っていうひとくくりの中に入ってるって言う感覚かな。

僕は趣味が少ないから逆に増やさないといけないと思っているんだよね。
定年後、「やりたいことがない」っていうのはすごいリスク。
今のうちに自分の趣味を増やすことは「遊び方改革」っていうのかもしれないけど、そのスキルを磨いていかないとやばいねって思っている。

その遊び方を磨くためには、暇な時間を持つことがやり方としてはおそらくすばらしくて、今よりも時間を持つと埋めようとするし、何かを探すから。
そういう人生戦略があって、今は仕事を辞めて趣味拡大に向けて動いている。

Kei
仕事と言えば、奥様の会社(MALEKA GARDEN)もすてきですね!
フィジー初のドライフルーツを製造・販売する会社とのことですが、裕麻さんはこの会社をサポートしていく感じですか?
裕麻さん
そうだね。
僕はCSO(最高戦略責任者)として、奥さんをサポートしていく感じかな。
会社はフィジーで登記したから海外起業です。

Kei
ホームページも拝見しましたが、ミッションもすごいすてきだなと思いました。
「お母さんたちの子育てと仕事の両立」って日本の人にも刺さりますよね。
裕麻さん
今日(インタビュー当日)も、近所のシングルマザーの人がパイナップルを切ってるんだけど、そういうお母さんが自分の子どもを職場で見ながら、仕事ができる場を提供するっていうのはすごくいい動きだと思う。

フィジーでもないのよ、そういう風に子どもを預かってくれる場所が。
親戚とかが預かってくれるし、もともと核家族化しているわけでもないから。

だからそういう託児所の必要性はなかったんだけど、時代の流れとともに、子どもを預かってほしいっていう家も出てきて、受入機関的に間に合っていない。
保育園もあるっちゃあるけど数が少ない。

そういう意味では、仕事場に託児機能を用意するのは、いいことやってるよね。

 

「社会貢献度の高い変人」に緩やかに近づいていきたい

Kei
 最後に今後のビジョンとか、「こんな人生が送れたらいいな」っていう理想の人生像があれば教えてください!
裕麻さん
この前コーチングを受けて、「未来の自分へのキャッチフレーズってなんですか?」って聞かれた時に、「社会貢献度の高い変人」って答えたんだよね。

僕はめちゃくちゃ変わっているわけではない。
どちらかと言うとちょっと変わっているくらい。

社会貢献を実現できるくらいの変わり方。
何かそういう方向性で、今のところイメージしています。
「目指す」ってだるいなって思って(笑)

Kei
「 目指すってだるい。」これ、名言ですね(笑)
裕麻さん
「敷居を下げる」っていうことをどこかでやったほうが進みやすいんじゃないかな~。
1歩目を踏み出しやすい。

すごいストイックな人は高い目標を設定してさ、やればいいんだろうけど、1歩目を踏み出しにくい人に、えらい高い階段を作ると、だるいからそういう感じもいいかもね。

Kei
「変人」はやっぱり裕麻さんにとってのキーワードですか?
裕麻さん
「変人」っていうのは自分の中では違和感がある言葉でもある。
なぜかというと、僕はそんなに変わっていないと自分では思ってるから。
だから変人に失礼だなって思うわけ。

なので、違和感もあるけど、変わった人には憧れる。
緩やかに近づいていきたいな。

Kei
僕は変わった人が大好きですが、ゆうまさんも十分変わってると思いますよ!
すばらしいお話をありがとうございました!
裕麻さん
ああ~そうですか?ありがとうございます

 

編集後記:僕も「変人」として、「幸せ」に生きようと思う

ものすごいインタビューで、お話を聞いている時から鳥肌が立ちっぱなしでした。

学んだことはたくさんありすぎて、もはや羅列できないくらいですが、特に印象的だったのは2点。

 

まず、”自分自身が「変人」であり続けよう”ということ。

他の人とやりたいことが同じでも、違っていてもいい。

とにかく少しでも自分がやりたいと思ったら、着実に行動に移す。

 

そうすると、いつの間にか、自分だけの道ができていて「変人」になっていくんだろうなということを思いました。

やっぱり「周りの人と違う」ってそれだけで最高にクールですよね。

僕も「変人」としての道を極めたいです。

 

あとはやっぱり「幸せ」についてのお話が圧巻でした。

”「当たり前」の量を減らすと、必然的に「ありがとう」の量が増える。”という言葉がありましたが、これは名言です。

人間関係も、仕事も、住む場所もなんでもそうですが、「慣れ」が出て「当たり前」になると、なかなか感謝できないですよね。

 

だからそのためにも、定期的に住む場所を変える生活をこれから僕はしていきたいという想いが一層強くなりました。

今はネパールと日本だけですが、もう1か国入れて、1年のうちに3ヶ国に数ヵ月ずつ住むっていう生活がしたいです。

そういう意味でもぜひフィジーには行ってみたい!

 

僕の場合、「変人」でいれば、自ずと「幸せ」もついてくると思っていましたが、今回の裕麻さんのお話を聞いて、それが確信になりました。

裕麻さん、本当にありがとうございました!

 

裕麻さんの本は「頼むから読んで」とお願いしたいくらいおすすめです

そんな裕麻さんが書かれた本がこちら。

 

 

お世辞抜きで本当に面白いですし、日本で今の生活や人生に何か違和感を感じている人には間違いなく刺さります。

僕もこの本を読んだことがきっかけで、今回、裕麻さんにインタビューをお願いしましたから。

Kindle版もありますし、 Unlimitedで読み放題にもなっています。

 

また奥様の会社「MALEKA GARDEN」もとても素敵なので、ぜひ見てみてください。

フィジーのドライフルーツなんて絶対おいしいですよね。

僕もフィジーに行った時にはぜひ食べてみたいと思います!

 

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