日本での飲食経験ゼロなのにネパール一オシャレな日本食レストランを立ち上げた内藤純子さんにインタビューをしました!

★今月の一押し記事!

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ナマステ!
好評のインタビュー企画です。

ネパールの日本食レストランといえば必ず名前が挙がる人気店「だんらん」
個人的にはネパールに数ある日本食レストランの中で一番オシャレなんじゃないかと思っています。
その「だんらん」の創業者であり、経営者でいらっしゃる内藤純子さんにお話を伺いました。

なお、内藤さんは在ネパール日本人会商工部会(JAPANESE CHAMBER OF COMMERCE IN NEPAL)の部会長でもいらっしゃいます。

海外でビジネスをやりたい、日本食レストランをやりたい人は必見の内容です。
インタビュアーは青年海外協力隊の大野先輩です。
それではどうぞ!

「だんらん」の経営者、内藤純子さんの自己紹介!

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お名前:内藤純子さん

ネパールで和食レストラン「だんらん」をオープンしもうすぐ13年。

日本の「家庭料理」の美味しさを伝えたくてネパール人のスタッフと伴に日々奮闘中。

38歳でネパールの旅行会社に入社するも3ヶ月で退職!

-ネパールに来られたのはいつが初めてだったんですか?

1999年の春に1人でトレッキングに来たのが初めてでした。38歳くらいのときですね。

「日本を出たいな、ボランティア留学とかでもいいし、英語圏でもいいから行きたいな」ってそのとき思っていました。

そうしたらたまたま知り合った日本人の人に「ネパール気に入っちゃったみたいだね。

日本人を探している旅行会社があるから紹介しようか。

そうしたら働きながら住めるしね」って言われたんです。

なので、その足で旅行会社の社長のところに行って雇ってくださいって言いました(笑)

それで1999年の秋から来ることが決まりました。

 

-その旅行会社ではどのくらい働かれたんですか?

3ヶ月くらいですね。

秋はツーリストシーズンだし、旅行会社としては日本人を置きたい。

ところが一向にビザを取ってくれないんですね。

「どうなってるんですか?」って聞いたら、ネパール語を勉強しないといけないから半日、語学学校に行ったらどうだって言われたんです。

要は学生ビザでやらせようと思ってたみたいなんです。

それでもビザはどうなってるんだって確認したら、ツーリストシーズンは終わるんでもう働かなくていいですって言い始めた。

「ふざけるな」ですよね。

「ビザを取るとか言って日本人を騙すようなことは二度としてはいかん!」って机を叩いて辞めました。

-来られていきなり仕事がなくなってしまって、大変ではなかったですか?

そうですね。まあでも仕事はネパールに来るきっかけというか口実だったので。

「ネパールに住みに行きます」ってのはなかなか周りの人には言えないけど、「ネパールに仕事で行きます」なら納得してもらえる。

自分が住みたかっただけだから、「まあいいや、別に」ってなりました。

来る前に働いていたから、ある程度の貯えもありましたしね。

貯えがなかったら深刻な問題ですけどね。

-ネパールに住みたいと思ったきっかけは何だったんですか?

旅行で来たときから、のんびりしてるし、人はいいし、いいところだなとは思っていました。

ただそれよりも、その時、どこかに(日本から)出たいなと思っていた時に、いろんな出会いで話がトントンと進んだからネパールだったのかもしれません。

これがもし他の国に行ってて、同じような状況だったらその国に住んでいたんじゃないかな。

たまたまネパールだったんです。

私と違ってうちの旦那はネパールに恋い焦がれて来たタイプですね。

 

日本での飲食業経験はゼロなのに、ネパールで日本食レストランを開いた理由

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-「だんらん」のお店を作られて何年になりますか?

12年半ですね。2003年4月にこのお店を始めました。

-お店を開く前は、日本でどんなことをされていたんでしょうか。

全然、飲食関係じゃないんですよ。旦那も飲食関係じゃないです。

日本ではOLをやったりと、普通にお勤めをしていました。

OLをやる中で「もうちょっと社会に直接役に立つことはないのかしら」って思って、老人介護のお仕事もネパールに来る直前までしていました。4年くらいですかね。

-飲食業の経験がないのに、どうして日本食レストランをやることになったのでしょうか?

私自身も1年くらいネパールに住んでみたいなと思っていました。

ただ、そんな長く住むつもりはなかったですけど。

でも1年くらい住んでみたら、友達もできてどんどん楽しくなってきました。

そんなことで気が付いたら2年くらい住んでいました。

そうしたら貯金の切り崩しも難しくなってきて、なんかお金を稼がないと思って、住んでいたアパートのキッチンで日本食のお弁当を作って売り始めました。

日本人社会は小さい社会だし、口コミで広がっていくし、当時は日本食レストランもそんなになかったんです。

家でお豆腐を作ってみたり、お弁当を作ったりしてオーダーをいただいては配達していました。

時には1つだけっていうこともありましたが、毎回注文してくれる方がいました。

こちらは走り出しだから、自信もない。でも誰か喜んでくれる人がいるとそれが励みになるんです。

その方がずっと変わらず注文してくれていたんですごく大きな応援でした。

お店をオープンした時も早速来てくれて、「死ぬほどうまい」と言ってくれました。

-もともとお料理はお好きだったんですか?

大好きでした。料理の本を見ることも好きでした。

ただ旦那は料理は全くしないですけどね(笑)

ビジネスをやるなら、食べる物が作りたいなって思っていました。

労力とかを考えると、お弁当屋さん以外にも日本食材をリパックして販売するような小売もニーズがあるなと考えていました。

2000年くらいの頃は日本人をターゲットにしたマーケットが活発だったんですね。

レストランなんかも今よりもっと日本人が来ていたし、お金をもっと日本人が落としていましたね。

当時は駐在員も多かったんです。そしてすごくお金持ちに見えたんで「買ってくれるかも!」って思いました(笑)

お弁当屋も半年くらいやっていましたが、長くやるなら今の状態じゃまずいなと思って、会社を立ち上げようと準備を始めたのが2002年でした。

旦那と2人で出資をして法人をつくりました。

-飲食店をやるとなるとお店の場所が大事だと思いますが、なぜ今の場所にしたのでしょうか?

場所探しをしているときに、(お店がある)このエリアはすごくいいなと思っていました。

すぐ近くに外国人住宅地もあるし、大通りにもすぐ出れる。

当時は何もなかったんですけど、絶対ここが栄えると思い、ずっと狙っていました。

でも今のお店の場所にはオフィスが入っていたんです。

ここがいいなと念力をかけていたら、ある日オフィスがいなくなりました(笑)

 

意外な展開から決まった「みんなが気軽に入れて、人の触れ合いがある温かいお店」というコンセプト

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-お店を始めたときは、どんなコンセプトのお店にしようと思っていたのでしょうか?

当時の日本食レストランは、高いレストランか安いレストランしかなかったんです。

駐在員が行くようなお店かバックパッカーが行くようなお店に分かれていたんです。

そんなに安くなくてもいいから、もう少し居心地がよくて、もう少しおいしいものが出せる中間くらいのレストランが欲しかった。

なので、自分でやろうかなと思って始めました。

-お店の中のレイアウトやデザインはどんな風にしたいと思っていたんですか?

最初はこじゃれたお店とかをイメージして、創作和食がいいかなと思っていました。

日本でOLをしていたのもあって、オシャレで美味しいお店に行っていたので、自分が作るお店もそういうお店にしたいなと。

それでお店の名前は「ビストロ●●」にしようかなとか思って旦那に相談したら「キッチン●●」とかって言うんです(笑)

それから、二人であーでもない、こーでもないっと話しているうちに、「だんらんは?」って言われて。

最初は「ちょっとダサくない?」って思ったのですが、なんだかんだでこの名前になりました。

名前が決まってからお店のイメージが絞れてきました。

「そんなにこじゃれてもいなくけど、すごい安い居酒屋でもない。みんな気軽に入れるんだけど、うるさくなく落ち着いた温かいお
っていうコンセプトが決まりました。

1人でネパールに来ている駐在員の人がお店にちょっと来て、「ちょっと体調が悪いんですか?これどうぞ」みたいな触れ合いのあるお店がやりたかったんです。

そう考えると私の人生ってなんでもかんでも「たまたま」だなって思いました。

日本にいるときは、まず目標を作って、その目標に行くためにフォーカスしていく考え方でした。

でもネパールに来て大きく変わったのは、「偶然自分に訪れる何かをうまいこと利用してやっていく」っていうことです。

その辺の緩さがあったので、今もやれているんじゃないかと思います。

あんまりこだわりが強すぎると、ネパールの人の口に合うものも作れない。

-いよいよオープン日、当日の気持ちはいかがでしたか?

まずオープン日が実ははっきりしません(笑)

もともとはオープン日を4月8日に設定していました。お釈迦様の誕生日で縁起もいいなと。

そうしたら、開業をすごく助けてくれた日本人の方がパーティーをやりたいからやらせてほしいと言ってきました。

そのパーティーの日がオープン日の前だったんです(笑)

そこからお店の営業が始まったので、「この日がオープンだ」っていう気持ちはなかったです。

最初はカウンターだけ開けて、そこだけで回していました。

私も素人だったし、キッチンができる人も1人しかいなかったです。

メニューも最初は3品くらいにして、慣れたら徐々に増やしていくようにしました。

最初は天ぷらと照り焼きとフライドチキンの香味和えだけでした。

 

経営者の意識が芽生えて、自分自身が変わる。スタッフにも「もっとできる」と思ってほしい

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-今、ネパール人の従業員の方は何人いるのですか?

13人です。10代・20代の子が多いですかね。

でも辞めたり戻ってきたりで、定着率は悪いんです。最短では半日で辞めた子もいますよ。

「やる気あります!」って言っておいて、「まずは皿洗いからだよ」って聞いたら「皿洗いでも何でもやります!」って言うんです。

そうしたら皿洗いを半日やって、休憩時間の後、来なかったとかね(笑)

-それは大変ですね。従業員をどうやって教育するかのような信条はあるんですか?

ないですね。ネパールの人には敵いませんよ(笑)

こちらとしては、育てるつもりでやっているんです。

っていうのも、いつまでたっても誰かの下でウェイターをやっていても先が見えないわけだし。

キッチンの仕事だってずっと誰かの下で言うことだけ聞いてやっていたってつまらない。

勤める形態が自営じゃなくてどこかに雇用される形でも、自分で責任を持って任されるようになればいいと思う。

いつもうちのスタッフに言うのは、「いつまでも使われるつもりでやるな」ということ。

-それに対して、スタッフの方はどんな反応をするんですか。

そう言うと、「何を言ってるんだろう」っていう反応が返ってきますね。

1つは、自分が何かを興せるとは思っていないんだと思います。

もともとレストランで仕事している子なんかは学校も途中でドロップアウトしている子が多くて、家も経済的にも貧しい。

今は少し状況が変わってきていて、調理専門学校とかマネジメントの学校を出た子も増えてきている。

でも、もともとうちがお店を始めた10年前なんかは、皿洗いを始めて、学校を5年生で辞めてどこかのモモ屋で働いていましたっていう子が来ていました。

そういう子は根性があるんです。怒られても頑張るんです。ネパール流下積みって言うんですかね。

だけどそういう子たちに「もっと大きくなれるんだよ」って言ってもピンと来ないんですね。

出稼ぎに行ってお金を作れば「もしかしたら自分も事業を興せるかな」っていう風に発想は変わってきてるけど、ここで一生懸命やって何かできる、次のステップに行けるとはあんまり思っていないみたいです。

成功例があまりないし、自営まで行く人はもともとある程度お金がある家庭の人が多いですから。

ここではそこそこの給料をあげているので、コツコツ貯めていれば小さいお茶屋さんであればできるんですけどね。

でもあまりそういう風には思わないみたい。かっこ悪いって思っちゃうんじゃないかな。

-12年間、このお店をやってきた中で、一番きつかった時期はいつですか?

今です。(ネパールは現在深刻な燃料不足に陥っており、調理用のガスも不足)

これまでも労働組合をつくるってスタッフが言い出して、2ヶ月半お店を閉めたこともあります。

スタッフが11人くらいいたんですけど、当時は労働組合をつくることが流行っていたんです。

要求も正当な要求じゃなかったんです。

「何が要求なんだ」って聞いたら「マダム(内藤さん)が怒るのが嫌です」とか言うんですよ。

労働組合が何なのか分かっていない人が「あなたたちの労働条件はもっと良くなる」ってたきつけられていたんです。

当時から給料も悪くないし、休みもあげていたけど、なんかもっとよくなるんじゃないかって思い、やってしまったみたいです。

「そんなに不満があるなら、うちは閉める」って私が言って、お店を閉めました。

その時に自主的にほとんどのスタッフが辞めてしまい、2人だけになったこともありました。

でも、その時よりも今の方が大変です。

労働組合の事件はスタッフたちが自ら起こしたことなので、こちらが仕事をあげなくてもいい。

でも今の燃料危機は違う。彼らの責任じゃない。お店を閉める事態になっても、スタッフには一切責任がない。

だからスタッフの給料が減るようなことはあってはならないし、生活も確保しないといけない。

そう考えるとかなりシビアです。

お店の収入がなかったとしても、自分たちの貯えからでもあげないといけない。

お店を開けられないから、お金もあげられないのというわけにはいかない。

食事もうちで食べているんだから、うちで出してあげないといけないですし。

-お話を伺っていて経営者としての意識を非常に感じるのですが、経営者としての感覚はお店をやっていく中で培われたのでしょうか?

ずっとやってきた中で出てきたと思います。自分自身、すごく変わったなと思いますね。

小さいビジネスって会社は自分のものだと思いがちじゃないですか。

でも、今10年やってきて、会社って1つの生き物だと思うようになりました。

それだけで生きていて、それだけで動いていく。

ただ、それを動かすためのマネジメント、ダイレクターとしてたまたま私がやっている。

コックたちは料理を作ることをやっている。

それをうまくみんなでうまく回していけば、ここがうまく回っていくという感覚になりました。

最初のほうは「私のレストランよ!」って思っていましたけどね(笑)

いつしか今の考えになりました。

スタッフにも、自分が会社の一員で、役割をもっていること、会社という1つの生き物の欠かせない存在であることをわかってほしいです。

「いつまでも私に怒られて使われてるっていう考えじゃいつまでもいけないんだよ」ってよく言っています。

多くのネパール人は従業員の反乱を恐れて、従業員が賢くなるを恐れていますけど、おかしいです。

あなた(スタッフ)がここから給料をもらっているように、私も同じように給料をもらっていて、同じ条件なんだっていう感覚をスタッフが持てれば、もっと仕事が面白いものだと彼らも思えるだろうなと思います。

-今後、5年後、10年後はどんなお店を思い描いていますか?

あんまり私達2人が中心にならないお店にしていきたいです。

もっと1人ひとりが育ってお店をやっていけるといいと思いますが、マネジメント能力がある人材が少ないです。

そこはネパール人全般を見ても思うところです。

ネパールの人達は言われたことはやるので、使う方にしては便利ですが、いつまでも使われているのではだめ。

今のお店以外に、もう1つ小さいお店を持ちたいと思っています。

そうすることで「自分たちでもできるんだ」っていうサンプルを見せてあげたいんです。

小さいお店を持ち回りでもいいので、誰かが責任を持って回していくことで具体的にイメージを描けるかなと思うんです。

-それでは最後にメッセージをお願いします。

海外に出たい気持ちがあるなら、どんどん海外に出たらいいと思います。

海外でやっていて面白いことの1つに、日本ではできないことができるっていう楽しみがあります。

例えば、私が日本でいきなりお店をやろうと思ったってなかなか難しい。

自分が外国人や日本人だっていうだけで有利になります。

ただ、そこに頼り過ぎないことが大事。

日本の感覚をそのまま引きずってこない方がいいです。

初期の立ち上げの段階では、日本でやってきたことが役立つことはまずないと思った方がいいです。

なので、日本であれこれやってから海外とは思わずに、どんどん海外に出てきたらいいと思います。

 

アクセスなどのお店情報!

パタンのプルチョークという地区にお店があります。

外国人に人気のレストランがずらっと並ぶ通りに「だんらん」もあります。

個人的には隠れ家的な雰囲気が大好きです。

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営業時間:11:30~21:00(15:00~17:00除く)

定休日:月曜日

電話:01-5521027

Facebook:https://www.facebook.com/danranrestaurant/timeline

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