現地の言葉も分からないし、土地勘も全くありません。
そんなときに、マグニチュード7.8の大地震が発生しました。
さて、あなたならどうしますか?
実はこれ、26年度4次隊としてネパールに派遣された青年海外協力隊の僕らの先輩隊員たちが直面した状況です。
先日のネパールの大地震により、カトマンズ周辺に滞在していた協力隊員は安全確保のために、一時帰国をされています。
そのような中で、実は5/10日曜日に駒ヶ根訓練所内でこんな自主講座を企画しました。
「協力隊員が見たネパール大震災」という企画で、まさに現地で被災した4次隊の先輩方をお招きして、実施しました。
その内容が非常に参考になるもので、先輩方が実際に取られた行動を時系列で振り返っていただきました。
なので、大地震が来たときに何をすればいいのかが非常に明確になりました。
本当は逐一掲載したいですが、ポイントを絞ってまとめてみました。
被災直後:安全な場所にまずは避難
基本中の基本かもしれませんが、一番大事です。
地震直後は余震が続きます。まずは広いスペースに出て安全を確保しましょう。
先輩方は地震発生時は、語学研修中に滞在するドミトリーにいて、ちょうど昼休憩中だったとのこと。
ネパールはレンガ造りの建物が多く、室内にいることが危険と判断し、すぐにドミトリー前の安全なスペースで数時間待機をしていたそうです。
ちなみにドミトリーの内部は写真のような状態。揺れの大きさが分かります。
被災直後:家族にLINEやメールで無事を報告
安全確保ができたら、次は家族に無事であるという連絡です。
電話は難しいかもしれないので、LINEやFacebook,メールで一報を入れましょう。
「ネパールでそんなことできるの?ネット使えるの?」って思うかもしれませんが、先輩方はドミトリーのWifiが生きていたため、なんとか連絡ができたそうです。
ちなみに先輩方の持っていたネパールの携帯電話はすぐに使えなくなったとのこと。
インターネットがあるかないかだけで、情報が取れるか取れないかにも大きく関わってきます。
海外にいるときこそネット環境はお金をかけてでも整えといたほうがいいかも。
被災1日目:飲料水・食料の確保
大きな地震が来たということは、避難生活も長期化する可能性があるということ。
長期化するということは飲料水や食料の確保が必要になります。
アンラッキーだったのは、先輩方が宿泊していたドミトリーには備蓄品がなかったとのこと。
つまり、飲料水や食料の調達が必須でした。
逆に不幸中の幸いだったのは、栄養士隊員が2名いたこと。
何の栄養素をどれだけ取ればいいのかを科学的に理解している人がいたことで、本当に必要なものを調達できたそうです。
インターネット同様、飲料水・食料も最低限の備蓄は絶対に必要です。
ネパールでは地震発生3日目から近所の小型スーパーが時間短縮して営業したそうですが、中には思いっきり普段より値段を上げて売っているお店もあったとのこと。
そういったことも考えると尚更、備蓄品が大切になってきます。
被災1日目:危険回避の準備をした上で就寝
被災直後、1日目の夜はなかなか寝れないと思います。
余震が続くのと、今後どうなるか分からないという不安だけでなく、海外であれば治安悪化というリスクもつきまといます。
先輩方がどうしたかというと、治安が悪化するかもしれないという可能性を考えて、交代で仮眠を取りながら見張りをしていたそうです。
そして、男性を2名玄関近くに配置し、万が一の際には対抗できるように準備。
あとの方は何かあった時にすぐに出れるように、出口から一番近い大部屋で雑魚寝をしたとのこと。
余震や今後の生活に関する不安だけでも大きなストレスなのに、治安悪化までそこに乗っかってくるなんて考えただけでもゾッとします。
被災2日目:避難生活のルール決めと現状共有
避難生活を乗り越えるためには、全員が情報を正しく共有し、節度を守って生活していかなければならない。
そのためには全員でしっかり話し合うことが大切だと仰っていました。
そこで、現状共有と、水の使い方・電気の使い方・安全管理のためのルールを話し合って決めたとのこと。
さらには後から避難してきた人のために、ホワイトボードを使って、決めたルールを明文化して徹底したそうです。
これは秀逸なアイデアだなと思いました。
しっかり明文化することで、全員が確認できるし、後から来た人に対しても1回1回説明する手間が省ける。
もしこういった状況に直面することがあったら必ず実践したい。
被災2~3日目:体調不良者のフォロー
いつもの日常とは全く違う生活なので、精神的にも肉体的にもかなり負荷がかかってきます。
そうすると、体調を崩してしまう人も出てきます。
先輩隊員の中でも、飲料水・食料の調達を担当していた栄養士さんの疲労がかなり蓄積したそうです。
そうしたときこそ、やはり少しでも余裕がある人が声がけをしてフォローをしていくことが大切です。
そのためには可能な限り、常に冷静になることが必要とのこと。
人間なのでイライラしてしまう時間はあるにせよ、少しでもそれを短くしてなるべく平常心で周りを見ることが大事だと言っていました。
被災3日目:自分の足で情報収集をする
正しい情報を適切に入手することは避難生活を乗り切るために必須です。
「別に3日目からじゃなくて、被災直後から情報収集は大事じゃないの?」って思うかもしれません。
確かにそうなんですが、3日目頃からは自分たちの足で情報を取りに行くことができます。
そして先輩隊員曰く、これがめちゃくちゃ重要なんだそうです。
テレビのニュースや新聞、ラジオも情報入手手段としては、かなり大事。
でも、それらのメディアはマクロな情報がメインです。
「自分の家はどうなっているか?」「家の近くのお店は開いているのか?」「どこの被害が大きいのか?」などは自分の足で取りにいかないと分かりません。
今回被災したドミトリーにはテレビもラジオもなかったそうです。
そしてもっと言えば、「あったとしても理解できないから意味がないだろう」と言っていました。
何せ、赴任して1ヶ月。語学訓練を駒ヶ根で2ヶ月受けていたとしても、現地人と同様に読み書きやリスニングができるわけではありません。
そして特に強調していたのは、人から得られる情報を大切にすること。
メディアの流す情報とは違って、人から得られる情報はローカルに根付いているのですぐに役に立つ。
そうした情報を手に入れられる関係を日頃からつくっていくことが非常に重要とのことでした。
全体:今、自分に何ができるのかを問いかけること
他にも「これからのネパール支援」などについてもお話しいただきましたが、全体を通じて最も印象に残ったのは、自分に今、何ができるのかを常に問いかけることの大切さでした。
被災直後の避難生活中も、1人ひとりができることを掛け合わせて、なんとか乗り切ったことがよく伝わりました。
例えば、ファシリテーションが得意な人はファシリテーションを、英語が得意な人は英語を、栄養士さんは食料の計画的な消費を、災害対応知識のある人は、安全確保など、1人ひとりのメンバーが自分のできることを考えて行動した結果、大きなけが人もなく無事一時帰国することができたんだと思います。
本当にすごいなと思うのは、先輩方は少し生活が落ち着いてきてからは、積極的に「自分ができること」をされていること。
地元ボランティアのゴミ拾いをしに行ったり、語学研修で使用した辞書を共有したり。
あの状況で動こうとしただけでも僕はすごいと思うけど、先輩たちは実際に行動を起こした。
本当にすごいことだと思う。
でも、活動をしているときに「ゴミ拾いはいいから、とにかくトイレをなんとかしてくれ」って言われたこともあったそうです。
水が使えなくなってしまって、排泄物が全く流れない。
そんな状況の中で、何とかしたいけど何もできず、とても悔しい想いをしたそうです。
質疑応答の時間に「次、同じようなケースを遭遇したらどう対応しますか?」という質問がありました。
それに対しての答えが素晴らしかった。
「前と同じように、次もその問題を自分で解決できるわけじゃない。
でも、自分はそこに問題があるという実態を伝えることならできる。
伝えることを次はやっていきたい」
このブログでも散々、言ってきましたし、考えてきました。
「今、自分に何ができるのか」ということを。
この自主講座もそうですが、とにかく動き続けることしかありません。
効果があったかどうかは正直分からない。
でもこうやって、想いを形にして動き続けば何かが起こるって信じてやっていきます。
ちなみに新聞にも掲載されました
ちなみにですが、この自主講座はなんと外部公開を行ない、一般の方にも公開しました。
候補生が対象で一般公開していない自主講座を、外部公開することだけでも異例中の異例とのことでしたが、なんと新聞社やテレビ局など、マスコミの方にも多数ご来場いただきました!
まさかこんなことになるなんて、という驚きでいっぱいです。
その結果、なんと長野日報さんに5月11日(月)の一面で取り上げていただきました。
一面ではないですが、信濃毎日新聞さんにも取り上げていただいています。
月曜日の朝からその場にいた候補生のみんなと叫んじゃいました(笑)
自分たちに今何ができるのかを考えて、しっかり行動に移すとこういう予想外のことが起きるんだなって思います。
今後も「自分に今何ができるか」を問い続け、形にするところまで行動を起こします。
被災直後にわざわざ駒ヶ根まで来て、このような素晴らしいお話をしてくださった先輩方と、開催に向けて動いてくださったJICAスタッフに感謝です。