僕はネパールを変えることができない。

~ネパール在住青年海外協力隊が贈る、生き方に悩む20代が前に一歩踏み出したくなるブログ~

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【キャラメル物語~第11話~】販売好調。でも僕はたった1つの家庭も変えられない

★今月の一押し記事!
ネパールの村で3日間ホームステイしたら、1つの「家族」になれた話

 

ナマステ!
ネパール在住・青年海外協力隊ブロガーのKei(@Kei_LMNOP)です。

青年海外協力隊の活動記録。
大好評の村のおばちゃんとのキャラメルづくり。
前回は遂にキャラメルが完成し、ネパールNo.1のお土産屋さんで売り始めました。

おかげさまで販売も好調。
でもここにきて、1つ大きな問題が発生しました。

 

キャラメルの販売はおかげさまで好調!短期間で3度完売

苦労して売り始めたキャラメルですが、おかげさまで好調です。
本当にありがとうございます。
どれくらい好調かというと、1ヶ月も経たないうちに3度も完売しました。

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配属先のスタッフに、作るおばちゃんたちの自信を木っ端微塵にされる。
商品が1週間もたたずにだめになってしまうという品質問題も起きる。
そんな数々の問題を乗り越えて、全くゼロから生み出した新しいビジネス。

それだけに喜びもひとしお。
これも販売してくださっているネパールガネーシャさんと、商品を買っていただいた皆さんのおかげですね。
改めて御礼を言わせてください。本当にありがとうございます!

 

これまで一緒に頑張ってきたおばちゃんと決別しました

オーダーもたくさんいただいて、「さあこれからますます頑張ろう!」
というときに、1つ大きな問題が発生しました。

それは2度目の納品を終え、販売店さんからのお金をおばちゃんに渡しに行こうとした時のこと。
これまで一緒にキャラメルづくりを頑張ってきたおばちゃんからは想像を絶する衝撃の一言が出てきました。


「ごめん。もうビカス(僕のネパリネーム)とキャラメルは作れないや」

 

そう言って今にも泣きだしそうな顔をするおばちゃん。
いきなりの展開に僕も驚きすぎて言葉を失いました。
そして理由を聞いた時、僕は絶句しました。

 

その理由は家庭の事情でプライバシーに大きくかかわること。
なので、残念ながらその理由についてはここでは書きません。
しかし、僕としても到底納得できるものではなく、おばちゃんの気持ちを考えると本当に悔しい気持ちでいっぱいになりました。

 

たった1人になっても僕を信じてくれたおばちゃんとキャラメルを続けたかった

このキャラメルづくりはもともと4人のおばちゃんと始めようと思っていたビジネス。
それでも、結局残ったのは1人だけ。
最初に「キャラメルづくりを事業としてやりたい」と言ってくれたおばちゃんでした。

 

ネパールのお嫁さんって実は忙しいんです。
食事づくりが終わったら手洗いで洗濯。その次は昼は畑に行って農作業。
それが終わったら休む間もなく今度は夕食づくり。おばちゃんの家は大所帯なので尚更忙しかったんです。

そんな忙しい中でも時間をなんとかつくって一緒につくりました。
うまくいかないときも何度も一緒につくりました。
お祭りで売ってみたときも、時間をつくって一緒に売りました。

思うように形にならなくて、苦しい時を一緒に頑張ってきたおばちゃん。
他のおばちゃんたちがみんな「無理だよ。キャラメルなんか売れっこないよ」って言う中でもやり続けたおばちゃん。
僕のことを信じる理由なんて1ミリもないのに、おばちゃんは僕を信じてくれて頑張ってきました。

僕自身も実際にキャラメルを事業にできるかどうか自信があったわけじゃない。
だからこそ、本当にありがたかった。
そして、信じてくれたからには、絶対形にするって決めて僕も頑張れました。

 

やっと形になって努力が報われた今。
僕を信じてくれたおばちゃんと一緒に続けたかった。

 

おばちゃんにとってキャラメルづくりは「希望」だった

たった1人になっても僕のことを信じてくれたおばちゃん。
そんなおばちゃんと一緒にキャラメルづくりを続けたかった理由はもう1つあります。

 

それは、おばちゃんにとってキャラメルづくりは「希望」だったからです。

 

2回目の納品用のキャラメルを作っていた時。
ポロッとおばちゃんが言った言葉が忘れられない。

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「このキャラメル事業を頑張って、日本にも輸出できるくらいの商品にしたい」

 

そうやって取組んでいるおばちゃんは素敵でした。輝いていました。
実際に日本に輸出できるレベルのものになるかはもちろん分かりませんよ。
てか可能性はめちゃめちゃ厳しいでしょう。

でも、これまでの自信なさげなおばちゃんが言ったとは思えない超前向きな言葉に、僕は本当に嬉しくなりました。

おばちゃんの家は2015年の大地震で壊れてしまいました。
もともと大所帯の家族だったこともあり、生活は苦しかった。
だから野菜を売る以外で収入手段が得られることは彼女にとっても大きなことだったんだと思います。

おばちゃんにとってキャラメルづくりは「希望」だったんです。

 

僕はネパールどころか、1つの家庭すら変えられない

おばちゃんの家庭にとっても、キャラメルづくりは「希望」だと信じてました。
そう思って頑張ってきたのに、結局おばちゃんとのキャラメルづくりはもう続けられない。
やっと形になったところなのに、もうできない。

 

「僕はネパールを変えることができない」

 

これはこのブログのタイトルです。
でも僕はネパールを変えられないどころか、たった1つの家庭すら変えられませんでした。

 

自分の無力さに胸が張り裂けそうになりました。
絶望しました。 

 

せっかく形になったキャラメルづくり。
でも一緒につくってくれるおばちゃんがいなかったら、続けることはできません。
これからどうなるのだろうか。

 

キャラメル物語の過去記事はこちら! 

  

ネパールのアイドル、ラプシーちゃんの一言! 

 

私を食べて元気を出すのよ~おいしいわよん~