僕はネパールを変えることができない。

~ネパール在住青年海外協力隊が贈る、生き方に悩む20代が前に一歩踏み出したくなるブログ~

僕たちにネパールを救うことはできない。だから、みんなで笑顔をつくった

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ナマステ!
ネパール在住・青年海外協力隊ブロガーのKei(@Kei_LMNOP)です。

実は僕には、このネパールに来ることが決まってからどうしてもやりたいことが1つありました。
それは、2015年のネパール大地震で被災した方に支援金を届けること。

ネパールに来て約1年半。ようやく実現することができました。
地震で被災した学校の子どもたちを、サッカーのチャリティーマッチに招待するという形で。

これを通して僕が感じたことを書いてみようと思います。

 

2015年4月、ネパール大地震発生。支援金を集めてネパールへ

2015年4月、ネパール大地震が発生しました。
僕はちょうどその時、協力隊の訓練所で70日間の泊まり込みの研修中。
一生懸命、日々ネパール語を勉強しているところでした。

 

しかも地震で大きく被災したのは、ちょうど自分が活動する予定のエリア。
ネパールに無事行けるかどうかも分からないという状態でしたが、同期たちと一緒に様々な活動をしました。


ネパールの被災状況をまとめた掲示板をつくったり。

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ネパールで被災した先輩隊員たちが一時帰国していたので、コラボして現状を伝える報告会を開催したり。
この活動は地元の新聞の一面にも掲載されました。
詳細はこちらの記事をどうぞ。
「途上国滞在中に大地震に遭ったらどうしますか?」~ネパール大地震で被災した青年海外協力隊の事例から~ - 僕はネパールを変えることができない。

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募金活動も行い、市役所を通じて素早く約20万円近くのお金も送りました。
またそれとは別に、チャリティーTシャツも作ったんです。
行けるかどうかは分からなかったものの、自分たちがネパールで実際に現場を見てから使うためのお金として集めました。

 

出発まであと1ヶ月となったとき、幸いにもネパール行きが無事決まりました。
ただ僕の行く予定だったエリアは被災したため、任地が変更になりました。

<出発まで約1ヶ月>ネパールに行く青年海外協力隊の僕が任地変更になって思うこと - 僕はネパールを変えることができない。

 

ネパールに来てから1年以上経過も、被災地に行けない日々が続く 

地震から1ヶ月後、ネパールに到着。
ただ、被災地には諸事情により行くことが許されず、集めてきたお金を使えない日々が続きました。
「いつか、必ず行ける日が来る。ちょうど支援が少なくなってくる頃にお金を使おう」

 

そう思っていましたが、結局ネパールに来て1年以上が経っても、いまだに被災地に行くことができませんでした。
青年海外協力隊の任期は2年しかありません。残された時間はどんどん減っていく。
さらに同期隊員の中には、現職参加で早期帰国する人もいました。

 

自分たちで現場を見た上で、預かったお金を使う。
そう決めていたので、どうしても被災地に行きたかったんです。
でも、それができない以上、どうしたらいいのかわからず。

 

ただ時間だけが過ぎていく日々が続きました。

サッカーのチャリティーマッチが首都カトマンズで開催!被災した子どもたちを招待する案を思いつく

そんな中11月に入り、1つ転機が訪れます。

 

首都カトマンズで、サッカーのチャリティーマッチが開催されることに。
しかも、対戦カードはネパール代表対海外でプレーする日本人プロ選手団。
日本のNPO法人Colorbath主催で震災復興を目的とした試合でした。

 

 

 そこで僕は1つアイデアを思いつきました。
僕たちが被災地に行くことができないのであれば、被災地の人達を招待する形にすればいいのでは?

 

思いついたのが試合の1週間前。
慌てて動き出し、様々な方の協力・アドバイスを得て、招待するのは学校の子どもたちにすることを決定。
そして、親が亡くなってしまった子を優先に、約40名の被災した子どもたちを、カトマンズに招待することが決まりました。

 

招待した学校は大地震により校舎が崩壊。
現在も校舎を建設中で、子どもたちはトタン板でできた仮校舎で勉強しているとのこと。

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また、この学校に通っていた21名もの子どもたちが地震によって亡くなっていました。
このような学校を招待することこそ、チャリティーマッチという震災復興の趣旨にも合致すると考えました。

 

仲間内でも意見が割れる日々。でもサッカーというスポーツの力を信じた

とはいえ、正式に決定するまで仲間内でもかなり意見が割れました。


本当にチャリティーマッチにお金を使うという形でいいのか。
物資を買うなど、もっと別の方法でお金を使うべきじゃないのか。
また、たった40名の子どもたちだけが対象でいいのか。

 

物凄い、悩みました。
どうするのが正しいのか、分からなくなることもありました。それでも、やっぱり今回のチャリティーマッチに使うことに意義があると考えたんです。

 

震災から2年目を迎え、心のケアが必要になってくるときであったということ。
心のケアが必要な地域社会を明るくできるのは、子どもたちであるということ。
そして、その子どもたちが大好きなのはサッカーであるということ。


悩んでいた時に僕が思い出したのは2つのこと。
1つは、途上国の子どもたちに移動映画館を届ける活動をしているNPO法人CATiCさんの言葉でした。


映画は食料やワクチンのように、生きていく上で絶対に必要なものではありません。
けれども様々な世界へ連れて行ってくれる映画は、時に生きる目的や、心への栄養を与えてくれるものです。
もしかしたら、その日観た映画が夢のきっかけとなり、人生を切り拓く力を与えてくれるかもしれません。

World Theater Project ホームページ|

 

映画をスポーツに置き換えて考えてみても全く一緒でした。
スポーツは震災復興をするために絶対に必要なものではない。
でも、映画と同じように、スポーツには計り知れない力がある。

 

もう1つは、ネパールで野球を普及させる活動に取り組む、NPO法人ラリグラスの会さんの活動を生で見せてもらったこと。


震災から1年が経ったときに開かれた、子どもたちのための野球大会。
全力かつ、楽しそうにプレーする子どもたち。
野球というネパールではまだまだメジャーとは言えないスポーツが、子どもたちの生きる力につながっていることを目の当たりにしました。

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これら2つのことを思い出して、サッカーにも、心を前向きにする見えない力があるのではないか。
全く進まない復興の中で、生きる希望を子どもたちに灯せるのではないか。
そう考えて、今回のチャリティーマッチに招待することをみんなで決めました。

 

迎えた当日!ある少年の一言が忘れられない

そうして迎えたチャリティーマッチ当日。
いよいよ被災した子どもたちが、バスで6時間近くをかけてカトマンズにやってきました。

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試合開始前までは少し時間があったのでフェイスペインティング!
試合までの時間も楽しみました。

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全員ではないのですが、試合開始前の国旗掲揚を子どもたちが担いました。

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いよいよ試合開始。

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真剣な眼差しで、試合を見つめる子どもたち。

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0-0で前半を終えて迎えた後半。
ネパール代表がゴールを決めます!
はじけるばかりの笑顔で喜ぶ子どもたちと日本人のお兄さん(笑)

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試合中、ある少年がぼそっと言った一言が忘れられません。


「なあ、まさか人生にこんなことが起こるなんて思ってもいなかったよな」

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きっと彼にとっては忘れられない1日になったんではないでしょうか。

 

試合はそのままネパール代表が1点を守り切って勝利。
試合終了後、来れなかった子どもたちのために、お土産品を贈呈。
さらにネパール代表の選手たちにも協力をお願いし、集合写真を撮りました。

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僕たちにネパールを救うことはできない。だから、みんなで笑顔をつくった

言うまでもないことですが、僕たちにネパールを救うことはできません。


いまだに家が壊れてしまっている人はたくさんいるけど、家を建てるお金は出せない。
壊れている学校もたくさんあるけど、学校を建てるお金は出せない。
今回のチャリティーマッチをやったからといって、直接的に被災者の人達の生活が目に見えてガラッと良くなることはないでしょう。

 

じゃあ何もやらないのか。やらなくていいのか。
そんなことは絶対にないわけで。
自分たちができる形で、できるだけのことをすることが大事。


僕たちには家を建てることも、学校を建てることもできない。
ネパールを救うだなんてことはとてもじゃないけどできない。

だから、みんなで笑顔をつくりました。

 

笑顔なんかつくったって意味ないって言う人もいるでしょう。
そんなのただの自己満足じゃんんかって。

 

でも、あの日、被災した子どもたちがはちきれんばかりの笑顔で笑ってるのを見ていたら、これはこれで確実にやる意義があったんだと確信しています。
チャリティーマッチに招待することができた子どもたちが、生きる希望を持ち帰る。
そして、その希望で地域社会を明るくしてもらえたら、これ以上のことはありません。

 

チャリティーマッチの企画・運営をしてくださったColorbathとすべての皆様。
そして、大切なお金を僕らに預けてくださった協力隊同期の皆様に深く感謝します。
本当にありがとうございました。

 

僕個人はこの記事に書いたように、微力ながらも自分ができることを精一杯やっていこうと思います。 

次は⇒ネパール大地震から1年。現地在住の僕が今思うこと

 

ネパールのアイドル、ラプシーちゃんの一言! 

 

あの日の子どもたちの笑顔は、この私よりも可愛かったことは認めるわ~