Kei's Way@Nepal

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僕はネパールを変えることができない。

~ネパール在住青年海外協力隊が贈る、生き方に悩む20代が前に一歩踏み出したくなるブログ~

「なぜやるか」なんて、なんでもいい。大事なのは「今、何をやるか」

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ナマステ!

ここネパールにも僕以外にたくさんの協力隊員がいます。 普段は会わないのですが、たまにご飯に行ったりします。 そこでたまたま話題になったこと。

それは、なぜ青年海外協力隊に来たのかということ。

この話をしていて、物事を「なぜやるのか」について考えさせられました。 そこで考えたことをまとめてみます。

なぜ青年海外協力隊に来たか話は超面白い

青年海外協力隊になぜ来たのか。 まず個人的にこの手の話は大好きです。 なんでかっていうと、その人の価値観、考え方、生き方が分かるから。

これまでの人生で何が起きたのか。 そしてこれからどんな風になりたいのか。 そのプロセスにある青年海外協力隊で何を得たいのか。

そんな話は本当に聞いていても飽きない。 ネパールに来る前の訓練所では夜な夜な同期と語り合いました。

もともと僕は熱くて真面目な話が大好き。 もちろん下ネタも女の子の話も大好きですが、ぶっちゃけ熱い話の方が好きです。 はい、つまらない人間ですいません。

ってなわけでなぜ協力隊に来たか話は盛り上がらないわけがないんです。

ある人の参加理由に、ある人が激怒。飲み会の空気が凍りつく

そんなわけで自然にみんなが協力隊に来た想いを語っていました。

「子どもの頃から来たかったんだよね」とか 「3回目でやっと受かったんだよ」とか。 協力隊に本当に来たかったっていう熱い想いが溢れていていい夜でした。

そんな中、ある人(Aくん)の参加理由。

「海外に住みたかったから」

Aくんは来て1ヶ月ほどですが、もう満足しているとも語った。

それに対して、ある人(Bさん)が激怒。 お酒も入っていたからか物凄い勢いで怒り始めた。 「あなたみたいな人が来たことは残念」とまで言い切り、すごい空気になりました(笑)

Bさんは協力隊に対する想いがすごい強い人でした。 なので、Aくんの参加理由が許せなかったのでしょう。 そんなわけで感情が爆発してしまったようでした。

ただ本当にキレ具合がすごかった。 KeiさんもフォローしてくださいよとAくんに言われるも、あまりにもブチギレているので何も言えず。 Aくん、ごめんね(笑)

どんな参加理由であれ、他人が否定する権利はない

このブチギレ事件を見て思ったこと。

人の参加理由を他人が否定する権利はないよってこと。

その人がなぜここに来たのかはその人の生き方に関わるもの。 公序良俗に反するものだったら別だけど、そうじゃないなら否定することはできない。 だって自分がどう生きるかは、他人には関係ないもん。

Aくんの参加理由を聞いたとき、僕はいいなと思った。 下手に飾ってないし、素直だし本音だと思ったから。

僕自身も海外に行きたくて会社を辞めた。 海外に行く手段として青年海外協力隊を選んだ。 だから共感できる理由だったのだと思う。

BさんはAくんに2年間を充実して過ごしてほしいという想いを持っていた。 だからおかしいと批判した。 それはすばらしいことだけど、それでもBさんがどうこう言う権利はない。

ボランティアの意味に立ち返れば、参加理由なんてどうでもいい

もう1つ。 そもそも参加理由なんてどうでもいいんですよ。

「ボランティア」という言葉に含まれる意味を考えれば分かること。

ボランティア活動の原則として挙げられる要素は一般的に、自発性、無償性、利他性、先駆性の4つである。
1980年代以降、無償性の原則に関して「無償」の範囲をより柔軟に考えることによって実費の弁済や一定の謝礼を受ける「有償」ボランティアが出現し、受け入れられてきている。

Wikipedia「ボランティア」

この「利他性」っていう要素がボランティアの最大の特徴。 要は、どんなボランティアでも「誰かのために」が必ず含まれる。

自発的に無償で数学の勉強しても、それはボランティアじゃないでしょ。 だからボランティアってのは必ず自分以外の受益者がいる。 受益者のためにならないボランティアは自己満だと非難される。

そう考えれば、参加理由ってのは受益者にとってはどうでもいいんです。 どんな理由であろうが、受益者のためになることをやってくれればいいのだから。

自分の「なぜやるか」よりも、目の前の人のために「何をするか」

もっと言えば、「なぜやるか」なんて本人でも分からないもんなんです。

ネパール産ナチュラルコスメブランド「ラリトプール」の社長、向田麻衣さんの言葉が印象的。

私がネパールに惹かれる理由? そんなことわからない。
私が17歳でネパールに行ったその情熱はどこから? そんなもの知らない!! 
私はこれらの質問をもらうたび、心の底では辟易していた。
私自身にもわからないことだった。
それでも説明を求める人たちを納得させるために、いろいろな理由を捏造した。    

ここでは私は正直に言いたい。  
私が今の仕事をしている理由なんてない。
やりたいと思ったから。それだけだ。    

NYで私は自分の仕事について話した。
そして、一度も「なぜ?」と聞かれなかった。
その代わりに、「何をしているの?」という質問をもらった。

「具体的にもっと聞かせて」と。
私は、ただ自分のしている仕事について話した。本当にうれしかった。
私は、自分の仕事が何を目指しているか、どんな人たちが関わってくれているか、これからこんなことをしようと準備をしている、など具体的な話をした。  
私はとっても自由な気分だった。
ここでは誰も理由を聞かない。やっていることがすべて。
この場所は、ここにいる人たちは、行動している人間にとってはフェアだと感じた。
そして私は、ここで挑戦してみたいと強く感じた。

向田麻衣「美しい瞬間を生きる」

どんな参加理由であれ、結局はやりたいって思ったから来た。 たったそれだけ。

それよりも大事なのは、今、何をするのか。 自分の「なぜやるか」よりも、目の前の人のために「何をするか」

僕の例でいえば、なんでネパールに来たかは僕の村の人にとってはどうでもいい。 それよりも村のために、一緒に何をしてくれるかが大事なんです。

ボランティアであろうが仕事であろうがここは一緒。 どんな立派な想いを持っていても、誰かのために、今何もやれないなら意味がない。

大事なのは「過去」よりも「今」。「今、何をするか」を大事にしよう

「なぜやるか」なんて昔の自分が決めたこと。 今の自分にも、目の前の受益者にも関係ない。 要は、なんでもいいんですよ。問題はそこじゃない。

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それよりも、「今、何をするか」

「なぜやるか」ではなく、「今、何をするのか」でその人が決まるのだから。

今目の前のことに集中しよう。