僕はネパールを変えることができない。

~ネパール在住青年海外協力隊が贈る、生き方に悩む20代が前に一歩踏み出したくなるブログ~

海外に「行く」よりも「住む」を選ぶ、たった1つの理由

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「海外に行きたい」と「海外に住みたい」。 もっと分かりやすく言い換えると、「旅」なのか「留学・駐在・移住」なのか。 僕はどっちも大好きです。 これから生きていく上で、どっちもしたいと思っています^^

僕が訪れたことがある国なんて、まだ13ヶ国。世界の中でほんの一握り。 逆にまだまだ見たことがない世界がいくらでも待っている。(そう考えるととてもワクワクします!) 世界一周だってしてみたい!!南米やアフリカにも行ってみたい!

でもどっちかしか選べないとしたら? そんなことは考えたくもありません…|д゚) でも本当にどっちかしか選べないのであれば、僕は迷わず「住む」を選びます。

カンボジアでの原体験

初めて途上国と呼ばれる地を訪れたのは、僕が大学4年生の時。 留学したときのタイの友人に会いに行くついでに、隣国のカンボジアを訪れることにした。

タイは友人が親切丁寧に案内してくれて、家にも泊めてくれた。 だから、カンボジアが正真正銘の初めての一人旅。しかも陸路での国境越え。 でも不安いっぱいの僕を待っていたのは、その不安を上回るような数々の衝撃でした。

小学生にもなっていない子供がお金を求めて、僕みたいな観光客を相手に小物を持って歩き回る。 学校にも行かずに、必死に営業するんだけど、全く相手にされない。 挙句の果てには、1ドルでいいからくれとせがんでくる。 そんな彼らだけど、デジカメで写真を撮るとピースをしてくれるし、友達と遊んでいるときは楽しそうに笑っている。

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なんだかわからないんだけど、すごく不思議な感覚。 なぜ貧しいのに、学校にも行けないのに、こんなに笑っていられるんだろう。

彼らのことを「もっと知りたい」って思うようになった。

結局、それが忘れられなかったのかもしれない。 僕はその後も途上国と呼ばれる国々を好んで訪れるようになった。 インドやベトナム、バングラデシュ。 貧しい人たちが住むスラムにも行ったりして、人と話をしたり一緒にコーヒー飲んだり。

でも何度訪れても、その国やそこに住む人々のことを本当に分かった気がしなかった。 観光地や食事、言葉に触れて少しは分かった気がするのだけど、なんだか自分の中まで入ってこなかった。

オーストラリアの友人に言われた言葉

なんでなのかを考えてみたとき。僕は留学中に言われた言葉を思い出した。 それはSamというオーストラリア人の友人に言われた言葉だった。

「オーストラリアではここで生活さえしていたら、みんなその人をAussieだと思うんだよ」


Samは日本が大好きで、何度も日本に行ったことがある人。 そんなSamが日本で感じたのは、日本では生活をしていても、たとえ日本国籍を取得したとしても自分は日本人だとは周りから思われないだろうっていうこと。 非常に残念だよって彼は話していて、僕はそれが日本の現状を示す言葉だなって思ってすごく印象に残っていた。

とまあそれはさておき、この言葉は自分が抱えていた違和感の真髄を突いていると思った。

海を外から眺めているよりも、中に潜りたい

どこか知らない国に行ってみる。 そのとき、自分が観光客として行くのなら、どうしても「外から来たゲスト」っていう枠組みは拭えない。 それは例えるなら、海をビーチで眺めている感じ。

外から眺めているとすごく綺麗。外から眺めているから安全。危険もない。 でも、海の中の世界を知ることはできない。予想すらできない。

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どこか知らない国に住んでみる。 そのとき、本当の意味でいろんなことが分かるようになる。 それは例えるなら、海の中に潜っている感じ。

海の中は怖い。 もしかしたら、サメに襲われるかもしれない。 クラゲに刺されるかもしれない。 そして、最悪の場合は溺れて死ぬ可能性だってある。

でも、勇気を出して水の中に入ってみると、そこには潜った者にしか見えない何かがある。 初めて海というものが何なのか、どういうところなのか、何がいるのかを知ることができる。 そうして、心から海を理解することができるようになる。

「出会う」なら「行く」、「深める」なら「住む」

とまあ、ここまでだいぶ「住む」推しで書いてきましたが、あくまでも個人的な気持ちです。 海外に「行く」のも、海外に「住む」のも僕はどっちも大好きですし、どっちも肯定しています。 (旅好きの皆様、どうか怒らないでくださいm(__)m)

ただ、あくまでも自分に当てはめて考えてみたとき、僕は何かに「出会う」ことを求めていない。 僕がもっと深く知りたいのは、「アジアの途上国の人々」。 彼らがどんなことを考えて、どんな生活をしているのか。

あくまでも「海に潜った」状態で向き合ってみたい。 そして、貧しいとか色々社会的な課題を抱えて、苦しんでいる人がいるのであれば、僕にできることをしたい。 たったそれだけのことです。

そもそも、僕が彼らに興味を持ったのは、この記事の頭でも書いたように、1人旅ですから。 海という存在自体を知らないのに、海に潜るなんてできません。

何かに出会いたいとき。世界を広げたいとき。知らないことを知りたいとき。 そんなときは海外に「行く」

反対に、何かにもう出会っていてそれを深めたいとき。もっと知りたいとき。 そんなときは海外に「住む」

ああー海外に住みたい!